定規を当てて、直線を引く。
パワードスーツの設計図が出来上がった。
しかもただのパワードスーツじゃない。
負のエネルギーをエネルギーにできるバネ型の、ほかに類を見ないパワードスーツだ。
「ヒーロー」という華やかな汚れ仕事が一般化して、5年が経とうとしている。
テロや殺人、反乱の扇動などを行ういわゆる平和の「敵」と戦ったり、5年前に唐突に現れた、侵略者の宇宙人などの「怪物」と戦ったりするヒーローは、その華やかさと政治的な便利さから、危険ながらも、一躍、花形の仕事として定着した。
そして、そんなヒーローの活動を支えるため、人体の身体能力を飛躍的に向上させる、パワードスーツの需要と技術も、めざましい発展を遂げた。
従業員一人ひとりに配備するにはあまりに高級品で、工業業界や介護業界などにも見向きもされなかったパワードスーツは、思わぬ活躍の場を得たのだ。
パワードスーツと正義感の強い一個人でもって、一騎当千の精鋭を何人か作り出し、コストのかかる軍隊の代わりに、治安維持に努めさせる。
瞬く間に、そんな未来図が描かれ、実現されつつあるのだ。
僕は、そんな社会でパワードスーツの設計者となった。
僕も一塊の少年の例に漏れず、少年期には無邪気にヒーローに憧れていたけれど、
臆病で、保身的で、自分の命と引き換えに見ず知らずの人を守るなんて勇気のいることは、足が震えてとてもできない僕は、ヒーローには向いていなかった。
だから、パワードスーツを作ることにしたのだ。
そういうわけで、僕はパワードスーツの設計を完成させた。
独立して初めてのこの依頼は、変わった依頼だった。
パワードスーツにはエネルギーがいる。
普通は、パワードスーツを動かすそのエネルギーは、正のエネルギーを用いる設計にする。
声援とか、希望とか、そんなエネルギーを。
ヒーローのパワードスーツは、ヒーローの身体に埋め込む。だからエネルギー切れは危ない。最悪、身体ごと燃え尽きる。
それに、正のエネルギーである声援や希望は、ヒーローのモチベーションにつながる。
世の中が平和になればなるほど、正のエネルギーは増大するし、浴びるのが気持ちいいから。
だから、パワードスーツには正のエネルギーを当然のように使うのだ。
しかし、僕の依頼主は、パワードスーツのエネルギーに負のエネルギーを希望した。
わけを聞くと、彼女はこう答えた。
「だって、平和のためにとはいえ、人を簡単に打ち任せる武力を持った人間が、平和で武力のいらない世界でのうのうと生きるわけにはいかないでしょ?新たな争いの火種になるかもしれない」
だから、彼女は続けた。
「平和な世、ヒーローがいらない世になったら、真っ先に退場できるヒーローになるの。私は。」
負のエネルギーを希望に変えるヒーローって、かっこいいでしょ?
そう言って依頼主は笑った。
彼女の描く、ヒーローの描く未来図を見て、しみじみと僕はヒーローになれないと、思い知った。
せめてその、凄まじい自己犠牲のもとに成り立つ未来図を、完成させる手伝いをしたいと思った。
だから、必死に作り上げることにした。
彼女の依頼に、彼女の未来図に、ヒーローとしての覚悟に叶う、パワードスーツを。
かなり難しかったけど、かっこいい形になりそうだ。
僕はヒーローにはなれない。
でもきっと、ヒーローの未来図を描くための、定規にくらいならなれる。
僕はパワードスーツを作る。
将来、依頼主を殺すかもしれない、かっこいいパワードスーツを。
彼女の未来図通りに。
4/14/2025, 10:51:03 PM