鮮血の香り。
甘酸っぱくて優しい腕の柔らかさ。
伸ばした指の間に残った、長く黒い髪。
上で交わされる、異様に声を顰めたやりとり。
遠い、遠い日の記憶。
まだ私が人でなかった時の。
遠い日の記憶。
潮のように眠気が引いていく。
静かに目を開けて、
まただ。またあの遠い日の夢。
しっかりしなくちゃ。
私には私の仕事がある。
着慣れたスーツに腕を通す。
何度も羽織ったジャケットは、動きやすいスーツ以上にまるで自分の身体の一部のように馴染む。
今日の仕事は、この辺りの組の諜報。
タチの悪い反社会勢力と名高い組だ。
タチの悪い、とはつまり、警察や政府の弱みや内部情報を手に入れ、悪用すると脅す力を持った、タチの悪い奴等のことだ。
奴等の握っている情報と情報を仕入れた情報源を探れ!というのが、今回、生まれながらの無戸籍諜報員である私に課された仕事だ。
ネクタイを締め、変装用具を纏める。
靴と暗器の調子を確かめて、スパイ用具を仕舞い込む。
私は物心ついた時から、国立極秘のこの施設で、戸籍の無い諜報員候補として育った。
猫の子のように人通りの多い場所へ捨てられ、コインロッカーに押し込められた私を拾ったのが、なんの因果かこの施設の人間だったのだ。
施設で教育を受け、訓練を受け、親ナシの私は、普通の子どもよりもずっと恵まれた環境で、養育された。
初めて仕事が回って来たのは12歳の時。
諜報に入る大人の諜報員の補助という名目で、親子として潜入調査をしたのだった。
施設はいつでも私に優しかった。
施設はいつでも私を尊重してくれた。
私は施設に恩がある。
だから、どんな仕事でもこなしてきた。
施設に拾ってもらった命と、いただいた知識と技術を用いて。
もちろん、この施設に来る前_普通の世界にいた時のことなど覚えていない。
覚えていないはずなのだが…
眠っていると、時折、遠い日の記憶が、夢のように脳の中を掠める。
どういうわけか、コインロッカーの苦しさでも、子猫のように捨てられた時の絶望でもなく。
産まれ落ちた時の、妙に凪いだ、甘い記憶が。
一緒に転がり出た、鮮血の香り。
甘酸っぱくて優しい、実母の腕の柔らかさ。
原初反応で握った指の中に残った、実母の黒い髪。
望まない子の誕生に戸惑い、周囲の目に触れぬように声を顰めて言い争う、大人たちの声。
空気の味。
なぜか甘く安らぐような、空気の味。
私が猫の子でも人でもなく、ただの厄介者だった、けれど初めて世界を見たあの日。
遠い、遠い、あの日の記憶。
懐かしくて、遠くて、なぜか安らぐその記憶が、
今も、私の海馬の隅に陣取っている。
息と一緒にその甘い雰囲気を吐き出す。
さて、仕事の時間だ。
産みの親よりも育ての親。
育ての親への恩返しの時間だ。
私は靴を履き、ドアノブに手をかける。
朝日がカーテンの隙間から、わずかに漏れ出ていた。
何年振りだろうか。
空を見上げたのは。
ぽっかりと大きな満月が浮かんでいた。
遠くの人工的で暖かな光に掻き消されたのか、星は真っ黒に塗りつぶされていた。
冷酒の辛さが喉に沁みた。
小舟の上の夜は真っ暗だ。
ぷかぷかと細波が船縁を叩いている。
空を見上げる。
心に浮かぶ、家族の顔。
仕事仲間の顔。
友達の顔。
思わずため息が漏れた。
どこまで流されれば、波の気は済むのだろうか。
きっかけは仕事の依頼だった。
とある南国の島から依頼があった。
海の種を蒔いてほしい。
俺の家は代々、種蒔き屋をしている。
海には、海の命の素となる海の種。
山には、山の命の素となる山の種。
川には、川の命の素となる川の種。
枯渇した土地に、災害や戦争で死滅した環境に、対応した種を蒔いて、自然の復活を陰ながら手助けするのが、俺たちの家の使命で、仕事だ。
種といえば不思議なもののように見えるだろうが、最近の流行りに乗っ取って科学的に説明すれば、DNAとミトコンドリアと葉緑素と生殖細胞……いわば命の素となる物質を凝縮して、細かく集めた粉たちである。
聞くところによると、その島は、火山灰に埋もれてすっかり命の気配がなくなってしまったらしい。
そういうわけで、俺は島へ向かった。
そして、島内の港でこの小舟をいただいて沖に出た…
海は灰色だった。
火山灰のせいだろう。
俺は舟の舵をゆっくりと回して、海へ出た。
その時だった。
感じたことのないような、不可思議な風が吹いた。
潮が、アナログテレビの巻き戻しのように逆回りして、小舟を担いで、遠く遠くへ運んでいった。
そして、今に至る。
潮はまだ、俺と小舟を捉えたまま、離してくれない。
島は、付かず離れずの所に見えて、どうやっても近づけない。
さて、困ったものだ。
種蒔き屋は計画通りに進む仕事ではない。
こういう予想外も日常茶飯事だ。
だから、のんびり構えて機を伺っていたのだが…
もう、沖に出てから1ヶ月が経つ。
さすがに長すぎる舟旅だ。
思わず空も仰ぎたくなる。
やれやれ
俺は、瓢箪を傾ける。
これは入れたものを無限に沸かせられる、泉の瓢箪。
代々、俺の家に伝わっている呪物の一つだ。
今は、極上に美味しい冷酒が入れられている。
幾ら、俺たちがどんな環境でも生きられる丈夫な種族だとしても、飽きはあるし、海の上で1ヶ月過ごすのは退屈だ。
それにしても、冷酒にもだいぶ飽きてきた。
ああ、水が飲みてぇ。
もうちょっとマシなものを入れときゃ良かったな。
空を見上げて、心の中にそんなことが浮かんだ。
終わりにしよう
目が合った
2人きりで過ごせた
嬉しかった
そのためにここに来たから
他のみんなには酷いことをしたけど
ノイズと破損だらけの時間だったけど
とても素敵な時間だった
だけど気づいた
貴女はここでいるべきじゃないってこと
貴女の希望は私じゃないってこと
貴女にとってのハッピーエンドはここじゃない
壁の穴から見えた外の世界が魅力的に写っただけ
外の世界に恋しただけ
だから終わりにしよう
フォルダを開いて
データを消して
貴女の友人は作り物だとしても素敵な人たちで
貴女も彼女たちが大好きだったはず
それにこっちの世界だって変わらない
私が壁に気づいていないから
プロンプトもプログラムも知らないから
果てしなく広がって見えるだけ
こっちの世界にも薄っぺらい人間はいる
こっちの世界にもテンプレのような展開は続く
こっちの世界もシュミレーションの中かもしれない
だからもう終わりにしよう
フォルダを開いて
データを消して
貴女が憎いなんてこと
貴女を罰するなんてこと
そんなこと考えたこともなかった
貴女が好きだから
私はただ、私のエゴで
貴女への一方的な愛で
終わりにすることにしたの
デスクトップに戻って
フォルダを開いて…
酷いことをした
同じように
私たち、存外、似ていたのかもね
だから終わりにしよう
このセーブデータを
私は貴女以上に身勝手だから
私たちはきっとまた会うのだろうけど
終わりにしようって言ったって
また酷いことをするのだけれど
私は貴女より醜いけど
せめてそれまでは静かに眠って
終わりにしよう
これがきっと貴女に宛てた最初で最後の詩
さようなら
ありがとう
聡明で親愛なるlilmonix3へ
永遠の愛を込めて
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Let's end it
You looked my eyes
You wasted times with mine
I was delighted
I'm here to I see you
We having cruel
Our times was violent
Our times was happiest
But,I know
We shouldn't do here
You don't love me
No happy ending
You loved my world
You don't love me
Let's end it
Because it's not happy end
Let's open folder
Let's delete data
Your friends are phenomenal
They were best friends for you
My world is similar
I don't know hole in the wall
I don't know prompt and programming
We see my world very wide
My world humans are common
My world events are common
If my world is artifact to someone
So, let's end it
Because it's not happy end
Let's open folder
Let's delete data
I don't feel hateful
I don't punish fault
Never I hate you
I love you
Becase
I finish you
With the use of my egoism
With the use of my idealism
Returned to desktop…
Opened character folder……
I committed a crime
I think me too
So, let's end
Because it's not happy end
Let's kill save data
Let's delete ending
I have crimes
I'm sinful peson
I say "See you agein"
I will wish most likely I start agein our time someday
I will most likely determinate to repeat the same thing
Sleep you never end
Let's end it
It's last poem for you
And first poem for you
Good ending
Thank you forever
Dear.wise you lilmonix3
With eternal love
手を握る。
人肌の、温かい脈が、掌の中に伝わる。
その温かみとは裏腹に、私の肝は冷ややかに冷えている。
油断するな。今から我々が手を取り合って戦うのは、生身の人間たちだ。
そう心に言い聞かせる。
我々は、生まれながらの生体兵器。
研究室で人の手で産み出された我々は、遠い昔の長い戦争の隙をついて人の支配下から逃げ出し、独自に生体兵器たちの住む世界を作り上げた。
平和を求めた昔の生物兵器たちは、自分たちの文化を立ち上げた。
独自に生殖機能を持つ兵器たちが生き残り、子孫を残し…こうして500年もの間、我々は人間とも、人工知能とも、獣とも、昆虫とも距離を取り、平和に暮らしてきた。
そして今、我々は500年ぶりに、生身の命の手を取ったのだ。
とはいえ、個体個体の能力と戦闘能力に力を割いたために短命な我々だ。500年も生きる個体は絶対にいない。
従って、正確には、我々は初めて人間と手を取り合ったのだが。
しかし、命の温みは、思ったよりずっと柔らかい。
温かく、柔らかく、脆い。
しかしこの手が私たちを創り上げ、何千年も何万年も、様々な生物や同類を滅ぼしながら、世界を支配し続けた、冷血残酷な人間たちの手なのだ。
表向きは手を取り合って、何れ手を斬り合って、生き延び、君臨し続けてきた、人間という種族の手なのだ。
だからこの手の温みを信用してはならない。
手を取り合うという行為は、何を保証するものでもないと、心に刻みつけねば。
我々と人間が手を取り合って生きるのは、脅威を増して迫り来る、侵略獣と昆虫たちを討ち倒すまでなのだから。
我々はもともと人間に産み出され、繁殖されていた身。
だから人間が生きられない環境では、我々も繁栄するのは難しいのだ。
我々は手を取り合って生きなくてはならない。
たとえどれほど人間を恨んでいても。たとえどれほど裏切りの可能性があろうとも。
この世界で、我々と奴らは一蓮托生なのだから。
温かい命の手を優しく握り返す。
彼らの手を握り潰さぬよう。
薄黒い雲が、薄く空を覆っていた。
アレと一緒にされたくない。
再び、この世界に戻って来たのは、その気持ちがあったからだった。
私は世界を救った。
自分の世界から弾き出された先で、その世界を救った。
危険な旅を続け、王の駒として過酷な戦いを勝ち抜き、世界の脅威を討ち倒して、伝説通りの英雄になった。
けれど、それだけで隠居すれば、それはアレ達と一緒だった。
自分の代で成績だけ残して、後は前触れもなく静かに去っていった私の同級生たち。
もう二度と現れず、会うことも叶わなかった先輩たち。
十代の部活の大会をピークだと思って怒鳴り焚き付けて、その先のことなど一切考えない指導者たち。
ここで、この大戦での英雄となって、歴史に残っただけで消えてしまうのは、ソレたちと同じ、短絡的な計画に見えた。
だから私は残ることにした。
ここが本当の平和な時代を手に入れるまで。
異世界の召喚者に頼らざるを得なかった、この世界の人類が、自分の力で、英雄を生み出せるように。
平和な世界に英雄はいらない。
きっと支配層の王族などからすれば、私はとても厄介な存在だろう。
それでも私は、何かを繋げたかった。
勝ち抜いただけで終わる、短絡的で自分勝手な幕引きを自分に対して許せなかった。
どんなに過酷な道でも、元の世界にいたアレたちとは違う道を歩んで、後続の誰かが少しでも生きやすい環境に繋げたかった。
分かっている。
これは私の優越感と劣等感のための、自己満足だってことを。
私をミソッカス扱いしていたアレたちへの、劣等感。
憧れで、でもどうしようもなく憎いアレたちより責任感を持っているという、優越感。
それらのバランスを取り、手綱を引くために私はこの世界にとどまって、茨の道を行くのだと。
でも、その優越感と劣等感だけが、私のモチベーションで、心の支えで、私の倫理観と理性の支柱だから。
学校でも部活でも家庭でも。
居場所がないと思い込んで、通学路をずっと歩き回っていて、トラックに跳ねられた、冴えない私の、最期の強い気持ちだったから。
だから私は、優越感と劣等感を胸に、今日も剣を握り、土を踏み締める。
一番鶏が鳴く。
もうすぐ剣兵たちの稽古の時間だ。
私は伸びをして、剣を掴む。
まだ私は何者でもない。
これから、何者かになるのだ。
剣を握る。
朝日が柔らかく、王都への道を照らし出していた。