薄墨

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アレと一緒にされたくない。
再び、この世界に戻って来たのは、その気持ちがあったからだった。

私は世界を救った。
自分の世界から弾き出された先で、その世界を救った。
危険な旅を続け、王の駒として過酷な戦いを勝ち抜き、世界の脅威を討ち倒して、伝説通りの英雄になった。

けれど、それだけで隠居すれば、それはアレ達と一緒だった。
自分の代で成績だけ残して、後は前触れもなく静かに去っていった私の同級生たち。
もう二度と現れず、会うことも叶わなかった先輩たち。
十代の部活の大会をピークだと思って怒鳴り焚き付けて、その先のことなど一切考えない指導者たち。

ここで、この大戦での英雄となって、歴史に残っただけで消えてしまうのは、ソレたちと同じ、短絡的な計画に見えた。

だから私は残ることにした。
ここが本当の平和な時代を手に入れるまで。
異世界の召喚者に頼らざるを得なかった、この世界の人類が、自分の力で、英雄を生み出せるように。

平和な世界に英雄はいらない。
きっと支配層の王族などからすれば、私はとても厄介な存在だろう。

それでも私は、何かを繋げたかった。
勝ち抜いただけで終わる、短絡的で自分勝手な幕引きを自分に対して許せなかった。
どんなに過酷な道でも、元の世界にいたアレたちとは違う道を歩んで、後続の誰かが少しでも生きやすい環境に繋げたかった。

分かっている。
これは私の優越感と劣等感のための、自己満足だってことを。
私をミソッカス扱いしていたアレたちへの、劣等感。
憧れで、でもどうしようもなく憎いアレたちより責任感を持っているという、優越感。
それらのバランスを取り、手綱を引くために私はこの世界にとどまって、茨の道を行くのだと。

でも、その優越感と劣等感だけが、私のモチベーションで、心の支えで、私の倫理観と理性の支柱だから。

学校でも部活でも家庭でも。
居場所がないと思い込んで、通学路をずっと歩き回っていて、トラックに跳ねられた、冴えない私の、最期の強い気持ちだったから。

だから私は、優越感と劣等感を胸に、今日も剣を握り、土を踏み締める。

一番鶏が鳴く。
もうすぐ剣兵たちの稽古の時間だ。
私は伸びをして、剣を掴む。

まだ私は何者でもない。
これから、何者かになるのだ。

剣を握る。
朝日が柔らかく、王都への道を照らし出していた。

7/13/2024, 1:40:29 PM