【雪】
はらり。視界の端に舞い散る何かが映り込んで、半ば条件反射のように窓の外を見やる。勢いよく降り始めた雪が、無機質な景色を真っ白に塗り替えようとしているところだった。
この街に越してきてから、もう何度目の雪だろう。
もう片手では足りないことは確かで、けれど年々指折り数えていくのが辛くて、正確な回数を記憶するのもやめてしまった。ここで迎える冬を数えるのは、幼い頃育った故郷と、大好きだった幼馴染と離れてから経ってしまった年数を数えることと同義だったから。
目を閉じる。懐かしいあの場所で見た雪が、雪を見てはしゃぐ彼の姿が、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。
『ね!見て!積もり始めたよ!』
心の底から嬉しくてたまらないというふうに、記憶の中の彼が笑う。思わず目を開いた。眼前の街が、少しずつ雪景色へと変わっていく。
「ほんとだね」
ぽつりと小さく、呟いた。彼に釣られて微笑んで、けれど視界はぼやりと滲んで。きっと誰にも見せられないような情けない顔をしながら、私は降りしきる雪を眺め続けた。
【君と一緒に】
「きっと幸せになれないよ」
ひどく震える手を、自分の掌でそっと包み込んだ。冷たかった指先が、二人分の体温に染まっていく。
「なれるよ、一緒なら」
はく、と呼吸が止まる音がした。伏せられていた顔が、ゆっくりと上げられる。
「一緒に、いていいの?」
「いいよ」
「おれで、いいの?」
「…じゃなきゃ、嫌だよ」
見開かれた真っ黒な両目から、ぼろぼろと透明の雫が溢れては落ちていく。心の柔らかなところが剥がれていくのが、目に見えるようだった。
「おれも、いっしょが、いい」
初めて聞けた本音。胸にあたたかなものがこみ上げて、思わず目の前の体を引き寄せた。割れ物のように慎重に、壊してしまわないように抱きしめる。
世間体だとか、将来のことだとか、どうでもよかった。
今はただ、ただ、君と一緒に。
【幸せとは】
「幸せってなんだと思う?」
そうやって問いかけてきたあなたの表情を、今でもはっきり覚えている。少し意地悪げに笑いながら、僕の顔を覗き込むようにして、あなたは突然そんな質問を投げかけた。
あの日、僕はたしか、分からないとだけ答えた。あなたは一瞬だけまん丸な瞳で僕を見つめた後、そっか、となぜだかひどく面白そうに目を細めた。
幸せというものが何なのか、今でも答えは出ないまま。
でも一つ、ただ一つだけたしかなことは。
「少なくとも今の僕は、絶対に幸せじゃないよ」
ぽつり。啜り泣きの声と芳香だけが満ちる室内に、僕の呟きが小さく落ちて溶ける。眼前、無機質な色の花々に囲まれて目を閉じるあなたは、果たして最期まで幸せでいられたのだろうか。
「ねえ、しあわせって、なんだろうね」
答えは、返ってこないまま。
色のない頬に触れた指が、ゆっくりと凍えていった。
【日の出】
シャッ、とカーテンを素早く引く音が聞こえた。沈み込んでいた意識がゆっくりと引き上げられる。何度か瞬きを繰り返す。薄暗い室内。音の方向に顔を向けて目を凝らせば、掃き出し窓の前に立ち尽くす人影が見えた。衣擦れの音で気が付いたのだろうか。何か声をかけるよりも先に、窓の外を見つめていたらしい視線がくるりとこちらに向けられる。
「あ、起こしちゃったか。ごめん」
「いいよ別に。なに見てたの」
甘やかな声色に浮つきかける気持ちを抑えながら、ほんの少しそっけない態度で問いかけた。それに気が付いてか気が付かずか、彼はその質問には答えないまま、もう一度窓の方へ顔を向ける。
「ほら、ちょうど今見える」
その言葉に、横たえたままだった体を少しだけ持ち上げる。一緒になって目を向けた先、遠くの山の間からきらきらと輝く太陽が覗いているのが見えた。――日の出だ。
彼がこんな時間から起き出してまで見たかったのは、この景色だったのか。隣をちらりと見やれば、満足げな微笑みを返される。差し込み始めた陽光に照らされたその笑みがなんだかひどく眩しくて、思わず目を細めた。
【今年の抱負】
「今年の抱負かぁ…そんなん言われても、別にやりたいこともないんだよなあ」
「俺とずっと一緒にいる」
「え?」
「今年の抱負。俺とずっと一緒にいる、で良いじゃん」
「…え?」
「それなら絶対達成できるよ、俺は離れる気ないし」
「………なに?今プロポーズか何かされてる?」
「うん」
「うん!?」