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2/9/2024, 3:38:19 PM

『花束』

「今までありがとう」とか、「沢山迷惑かけてごめんね」とか、「あなたと一緒にいられて幸せでした」とか。

そんな想いの一つ一つを丁寧に束ねて、貴方に贈ろう。

目の前に差し出された色とりどりの花々を見て、貴方はどんな顔をするだろうか。

ふわりと綻ぶ笑顔が見たくて、私は一歩踏み出した。
両手で抱えた花束を、貴方の元へと届けるために。

2/7/2024, 3:19:41 PM

『どこにも書けないこと』

どこにも書けないこと、なんていうものは、多分この世に存在していないんだと思う。

実際僕は、誰にも言えないと抱え込んできた秘密も、表立って口にするのは憚られると飲み込み続けてきた不平不満も、あの人への叶いもしない恋心だって全部、日々の記録とともに日記帳の中に書き記している。

要するに、書けはするのだ。行き場のない想いを言葉にして、文字として綴ること自体はいとも簡単に出来てしまうのだ。それがどれだけ酷い内容であろうが、くだらないことであろうが、文章として残すことにはなんの問題もない。

でも、多分多くの人は、どこにも書けないことを腹の中に抱えている。というよりは、抱えているように感じている。
けれどそれは、正確には『どこにも書けない』のではない。
『どこにでも書けるが、誰にも見せられない』もの。
それが、僕たちが『どこにも書けない』と感じるものの正体。

だから、僕は思うのだ。飲み下して溜め込んだ負の感情をどこにも書けない、誰にも言えない。そう嘆く前に、一度、目の前にまっさらなノートと一本のペンを用意してみて欲しい。誰にも言えないのなら、せめて自分自身にだけ見えるような場所に、文章として残してみて欲しい。

きっとそれだけで、心は軽くなるから。

1/31/2024, 10:39:38 AM

『旅路の果てに』

この旅路の果てに、君は一体何を想うのだろう。

一足先に去った恩師への未練は、あの日の後悔は、無事に捨て去ることが出来たのだろうか。

いいや。きっと君は、それら全てを抱えたまま歩いていくのだろう。
それら全てに深い慈しみを持って、三途の川を渡るまでの長い長い時間を過ごしていくのだろう。

この旅路の果てに、君が想いを馳せる記憶。

その一欠片だっていい。そこに僕との日々が映り込んでいたのなら、僕はきっと、君と別れるその瞬間まで笑顔でいられるだろう。

「行こう」

振り返った君が、こちらに向かって手を伸ばす。
昇る朝日を背にして、君の黒い髪がきらきらと輝いている。

この旅路の果てに僕が思い出すのは、この光景なのかもしれない。いや、そうであって欲しい。

「そうだね。行こうか」

君の姿を、僕がずっと覚えていられるように。
シャッターを切る代わりに一つ瞬きをして、僕は君の手を取った。

1/22/2024, 11:56:55 AM

『タイムマシーン』

もしもタイムマシーンがあったなら。
もしも時間を戻すことができたなら。
俺はあの日の君に、手を差し伸べられただろうか。

もしも君が生きていたあの頃に戻れたなら、俺は今度こそ君のことを、なんて。

もしもタイムマシーンがあっても、もしも時間を戻すことができたとしても、意気地なしの俺はきっとまた、君を見殺しにしてしまう。そんなことは分かりきっている。

だから。

タイムマシーンなんて無い。過ぎた時間も戻らない。
そんな世界を、俺はこれからも生きていくことにする。
君のいない地獄のような世界を、君の分まで。

1/20/2024, 4:37:59 PM

『海の底』

暗くて、さみしくて、冷たい。
陽の光も届かないような真っ暗な場所で、今日もぼくは生きている。

ここは、ふかいふかい海の底。

息を吸おうとすればたちまち水が気道を塞いで、言葉を紡ごうと吐き出した息はぽこぽこと小さな泡へと変わる。

上手に泳げないぼくは、どこにも行くことができない。
ただずっと、ここで静かに沈んでいるだけ。

誰も見つけてはくれない。引き上げてくれる人なんていない。そもそも誰も、ぼくのことを見てすらくれなかった。

ここは、ふかいふかい海の底?

明るくて、たくさんの人がいて、あたたかい。
太陽は穏やかに街を照らして、地面にできた水たまりがきらきらと輝いている。

地面に足が着いている。口を開いても、しょっぱい海水が入り込んでくることはない。いろいろな音が、空気を震わせて両耳にはっきりと届く。

でも、それなのにどうして、ぼくはこんなにも息苦しいんだろう。どうして、言葉が一つも出てこないんだろう。

誰もぼくを見てくれない。誰も、引き上げてくれない。

ああ、きっとここは、暗くてさみしくて冷たい場所。

ぼくにとっての、ふかいふかい海の底。

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