『海の底』
暗くて、さみしくて、冷たい。
陽の光も届かないような真っ暗な場所で、今日もぼくは生きている。
ここは、ふかいふかい海の底。
息を吸おうとすればたちまち水が気道を塞いで、言葉を紡ごうと吐き出した息はぽこぽこと小さな泡へと変わる。
上手に泳げないぼくは、どこにも行くことができない。
ただずっと、ここで静かに沈んでいるだけ。
誰も見つけてはくれない。引き上げてくれる人なんていない。そもそも誰も、ぼくのことを見てすらくれなかった。
ここは、ふかいふかい海の底?
明るくて、たくさんの人がいて、あたたかい。
太陽は穏やかに街を照らして、地面にできた水たまりがきらきらと輝いている。
地面に足が着いている。口を開いても、しょっぱい海水が入り込んでくることはない。いろいろな音が、空気を震わせて両耳にはっきりと届く。
でも、それなのにどうして、ぼくはこんなにも息苦しいんだろう。どうして、言葉が一つも出てこないんだろう。
誰もぼくを見てくれない。誰も、引き上げてくれない。
ああ、きっとここは、暗くてさみしくて冷たい場所。
ぼくにとっての、ふかいふかい海の底。
1/20/2024, 4:37:59 PM