私は、大きくなったら空を飛べると信じていた。
そう思ったきっかけは、アニメだった。
幼少期、空を飛べる女の子が街の困っている人を助けるという内容のアニメをよく見ていた。
その時から私は空を飛ぶことに憧れ、
「16歳になるまでに空を飛ぶ」と、心に誓っていた。
(16歳なのは、例のアニメの少女の年齢が16歳だったからである。)
今、私は16歳だ。空なんて飛べていなく、地上に縛られている。みんなよりも汚れている(ペンのような汚れが多くあった)机と上履きを使い、便所で弁当を食べていた。
いつも通り、便所で弁当を食べていた時、
床に蛾の死体が落ちていた。その蛾は雑巾の色
(それも特に汚いもの)をしていた。それを見て、私は不快な気持ちになることはなかった。むしろ憧れがあった。
こんな汚い場所で朽ちているこの蛾も、朽ちる前は
空を飛んでいたのだ。
私はいっそう、この蛾になりたかった。
そこで私はハッとした。食べていた弁当を風呂敷に包み直し、トイレを出た。
階段を登り、最上階を目指した。
屋上は開放されていないが、屋上の下の階でも十分な高さだった。(最上階は4階だった。)私は最上階の窓を開け、下ではなく上を見た。
一度飛んだ生き物も、死ぬ場所は地だ。
ならば、私も一度空を飛んで地に朽ちれば、あの蛾のようになれるのではないか。
こんな汚い世界と上履きとはさよならだ。
私はこうして校舎の最上階をあとにした。
スーツを着た男は一本の切り株を見ていた。
切り株の断面を見るに、それはかなり大きな木だったとみる。男は木の断面を撫で、つぶやいた。
「君が笑える世界を作りたかった。」
そのきがまだ葉をはやしなびいている頃、少年はその木の下で少女に出会った。少女の顔は火傷の跡がまだらにあり、綺麗とはお世辞でも言えなかったものの、美しい顔立ちと髪をしていた。赤子の頃の怪我で左手が不自由な少年は少女と自分を同じ境遇の人間だと思い、声をかけた。二人はすぐに仲良くなった。
「こんな顔じゃ、私、お嫁にいけないかしら。」
少女が少年に話しかけた。すると少年は、
「じゃあ俺は、この木陰でずっと眠っていよう。」
文脈の合わない返しに、少女は首を傾げた。
「木陰から漏れる陽を浴びて日焼けしたら、君と同じような顔になれるからね。」
その言葉に、少女は目に涙を浮かべて笑うのだった。
高層ビルの屋上に男が立っていた。
足元には脱いだジャケットとネクタイが綺麗に畳んで置いてあり、その上に濁ったコンタクトと「遺書」
と書かれた封筒が置かれていた。
「あなたがこんな所にいるなんて、珍しいわね。」
その見覚えのある声に男が振り向くと、そこには女がいた。
「久しぶり。5年ぶりかしら。」女は口元は笑っているものの、目は怒りをむき出した鋭いものだった。
「ああ、君か。」男は女を認識しても変わらず無気力だった。
「・・・呆れた。5年前は、私が泣きながら話した悩み事にさえも、能天気な明るい言葉で励ましていたあなたが、こんな終わりかたをしようとするなんて。」
女は胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「悪いけど、私は止めないわよ。」
「ありがとう。助かるよ。」男は女に笑ってみせた。
「変わったね。」
「あなたもね。」
二人はしばらく会話の余韻に浸っていたが、しばらくして煙の混じった風がその余韻に終止符を打った。
「では、さようなら。」男は屋上からさった。動かない屋上のドアを背に向けて、女はかつて男の立っていた場所にしゃがんだ。そして違和感を感じた。
『どうして男は靴を脱がなかったのだろうか。』
男が履いていた靴は、5年前に2人で選んだ靴だったという事を、女はその違和感を追うように気づいた。
「そう・・・変わってなかったの。」
女のまだ鋭い目から涙が流れた。
「やっと、二人きりになれたのね。私達。」
買っているハムスターが暑いと言って回し車の下で寝始めたら夏の始まり。