かまぼこ

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高層ビルの屋上に男が立っていた。
足元には脱いだジャケットとネクタイが綺麗に畳んで置いてあり、その上に濁ったコンタクトと「遺書」
と書かれた封筒が置かれていた。
「あなたがこんな所にいるなんて、珍しいわね。」
その見覚えのある声に男が振り向くと、そこには女がいた。
「久しぶり。5年ぶりかしら。」女は口元は笑っているものの、目は怒りをむき出した鋭いものだった。
「ああ、君か。」男は女を認識しても変わらず無気力だった。
「・・・呆れた。5年前は、私が泣きながら話した悩み事にさえも、能天気な明るい言葉で励ましていたあなたが、こんな終わりかたをしようとするなんて。」
女は胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「悪いけど、私は止めないわよ。」
「ありがとう。助かるよ。」男は女に笑ってみせた。
「変わったね。」
「あなたもね。」
二人はしばらく会話の余韻に浸っていたが、しばらくして煙の混じった風がその余韻に終止符を打った。
「では、さようなら。」男は屋上からさった。動かない屋上のドアを背に向けて、女はかつて男の立っていた場所にしゃがんだ。そして違和感を感じた。
『どうして男は靴を脱がなかったのだろうか。』
男が履いていた靴は、5年前に2人で選んだ靴だったという事を、女はその違和感を追うように気づいた。
「そう・・・変わってなかったの。」
女のまだ鋭い目から涙が流れた。
「やっと、二人きりになれたのね。私達。」

7/15/2025, 1:58:47 PM