「バレンタイン」
繰り返すだけの毎日だった私。
後輩君と、何か起こる予感がしつつ日々は過ぎた。
明日は世でいう『バレンタインデー』
そうして…私の誕生日。
特にお祝いするでもなく、毎年過ぎていく。
女子社員達は、義理チョコどうする?論争を繰り広げる時期。
その風習も、コロナ禍で消えつつあるようだ。
けれど、本命チョコはバッチリ残り
色々浮き足立っている、女子社員を羨ましく眺めていた。
「んっ?羨ましい??」
一瞬不思議な気持ちが頭をよぎった。
たぶん、魔が差して買ってしまったチョコのせいだ。
あげる気もないから、カバンの中にしまい込んである。
欧米では、男性が花束やプレゼントを渡し愛情を示す日らしいけど…
日本では関係ないし、私にも関係ない。
そうして迎えたバレンタインデー。
当日も、打ち合わせにその他の業務にと
慌ただしく過ぎていく。
チョコや誕生日なんて忘れる程に。
あっという間に終業時間。
珍しく全部の業務が終わり、定時上がりが出来た。
「先輩!時間になったので今日は上がりますね。」
「うん。珍しい事だからゆっくり休んで。」
「先輩もゆっくりして下さい。お疲れ様でした」
「ありがとう。お疲れ様。」
カバンから出すか、もたついてる間に、後輩君はいそいそと帰ってしまった。
『彼女いるのかな…?』
チクンと胸に痛みが走る。…あれ?私…
まさかね…と頭をふって、帰宅する事にした。
駅への道すがら…カバンからスマホのバイブ音
画面には後輩君の名前。どうしたのだろ?
ちょっと嫌な予感がして、出る。
「どうしたの?」
「あっ!先輩今どこです?」
「駅に向かう途中だけど…?」
やっぱり、少し焦り気味の声。何かあったのかも。
「ちょっとミスしちゃったかもで…途中の公園来て貰えますか?」
「作った資料は、手元にあるんで確認お願いします!」
予感的中…でも、ミスしてたかなぁ?
私の見落としもある可能性は否定出来ない
「わかった。すぐ行くから待ってて。」
と一言…すぐに切って、指定された公園へ急ぐ。
程なくして到着し、公園内を探す。
いた!
細身の長身…ベンチに座っていてもわかる。
憧れてる女子社員が何人かいるのも知っている。
優しく、人懐こい性格だからモテるのだろう。
そんな事より…
「お待たせ!…でどこなのミスって?」
噴水前のベンチに、座ってた後輩君が立ち上がる。
「先輩!お誕生日おめでとうございます!」
…の言葉と同時に……
目の前には可愛ミニブーケの花束。
何が起きたかわからず、混乱してる私。
「…誕生日、知っててくれたんだ?」
「当然です。先輩は、相棒ですから。」
「ごめん…私、誕生日知らないよ?」
「あー、それは知らなくて良いです。多分、笑うから…」
いつもハッキリ明朗に話す後輩君が、珍しく口ごもる。
「あっ!」
私は、今ならと…カバンからチョコレートを出す。
「これ、貰って?」
「!!!…いーんですか!? 彼氏にとかじゃ?」
思いがけずに喜ぶ後輩君。気のせいか顔が赤い?
「彼氏なんて…もう何年もいないよ」
「嬉しいです。…ならば、遠慮なく頂きます。」
私の手から、にこにこと優しく受け取る後輩君。
その姿を見た私は…今自覚した。好きなんだなと。
ストンと何かが落ちて、ワクワクとどきどきしてくる。
貰ったミニブーケを見つめ、そういえばと….
「結局、誕生日はいつなの?」
「…笑いません?……3月14日です…」
下を向きながら
少し顔を赤らめる後輩君が、可愛く思わず笑ってしまう。
「やっぱり、笑うじゃないですか!!!」
こうして、私の久しぶりの恋は、スタートしたのだった。
……………
『よかった、先輩喜んでる。』
『…でも、まだ気づいてないだろなぁ…俺の気持ちに。』
「長期戦で頑張るかな。」
ミニブーケを見ながら、微笑む先輩を見て
俺は、やっと本気になれた恋に決意をした。
「頑張る存在」
私は、ある1人の女性の為に頑張らねばなのだ。
彼女は、弱った私を献身的に世話してくれる。
朝、「おはよう。今日の調子はどうかな?」
笑顔を向け、私に話し掛ける。
「今朝は、肌艶よくて調子良さそうね。」
「朝ごはんにしましょうか。」
そうやって、ほぼ毎日かいがいしく私を世話する。
ある時…私は少し弱り
もしかしたら、冬を越えられないかもしれないと言われた。
そんな私にも、彼女は諦めず懸命に世話してくれた。
「絶対に次の春迎えるんだから!」
…と色々調べ、手を尽くしてくれた。
その姿と笑顔を見たら、頑張らないとならない
まだまだ私はやれる!と自分を鼓舞したのだ。
そうして、危ないと言われた冬を越え、春。
私は、生き延びたのだ。
ある朝…彼女が私の姿を見るなり
「うわぁーっ!元気になったのね!綺麗!」
いつにも増して、満面の笑みを浮かべた。
他の仲間達も、私を見上げて、次々に
「おーっ!見事だなこれは。」
「頑張って世話した甲斐あったな。」
と彼女と私の姿を見て、褒め讃えた。
うっすら涙浮かべながら、笑顔で彼女は
「はいっ!今年も見事な桜が咲きました!」
「また、街のみんなに見てもらえます!良かった」
樹齢100はとうに超えた私は
こうして今年の春も、桜の花を咲かせる事が出来たのだった。
『ありがとうな。娘さん。』
「こちらこそ!また、来年も頑張りましょ。」
また、頑張らねばならんようだな 苦笑。
「この想いは」
この想いは、どこにも書けない、どこにも残せない
私の中に留めておかねばならない。
幼い頃から家の仕事柄、父から「感情を表に出す
な」「人に弱みを握られるな」と厳しく言われ育った。
だから、これは誰にも知られてはいけない。
知られてしまえば…私を引きずり降ろしたい輩に、ここぞとばかりに攻撃されるだろう。
私の仕事は、
散歩1つするにも、見張りが常につく。
そんな、厄介な立場の仕事だ。
今朝も日課の朝の散歩へ出向く。
この時間が1番危険だ。ヤツらがあちこちにいる。
油断は出来ない。味方にさえ知られてはいけない。
…そんな事を無表情に考え、歩いていると、足元に何か柔らかいものが当たる。
私は。すぐさま気付く。
しまった!ヤツに捕まった!
…そう、私の足元には…散歩中の犬がいるのだ。
「すみませ〜ん!…えっ!?あなたはっ!」
飼い主が驚き口にしそうになるのをSPが止める。
そう…私はこの国を守るもの。
だから、犬や動物が大好き等と知られてはならないし、どこにも書いては残せない。
「いえ。それでは。」
私は、颯爽と歩き出さす。
今朝も誰にもバレてない、大丈夫。
安心しながら、家路につく。
私の主は、国を守るもの。
そして、私はその主を守るもの。
朝の散歩を日課にする主。
幼い頃からの教育で、感情を出さず弱味も出さない完璧な主。
……………………ではない。
気づいていないんだ…めちゃくちゃ表情豊かだって!
犬に懐かれてるのは、そういう優しさが出てるんですよ!主!
みんなに「動物好き」と周知されたまま、今日も我が主は完璧と誇らしげに歩いていく。
「あの方、犬好きなのよー!」
「人柄が良いのねー!応援しちゃうわ」
今日も主は、株を上げ続け……この国は安泰だ。
そう。
私さえ、黙っていたら良いのだ。
だから、どこにも書けないし、残せない。
「気がつくと」
気がつくと、同じ時刻に目が止まる。
気がつくと、腕時計の針が止まってた。
気がつくと、同じお店のあの人と顔合わしてる。
気がつくと、同じ時刻の同じ電車に乗っている。
気がつくと、同じ道を歩き、会社へ向かっている。
気がつくと、夜になっている。
…私の毎日はこれで良いのか?
気がつくと、同じ自販機の前に立ち
気がつくと、いつものミルクティーを買って飲んでいる。
…毎日同じ事の繰り返し。ため息も漏れてくる。
気がつくと、休憩スペースのイスに座ってる。
「お疲れ様です。」
気がつくと、笑顔でクッキーを差し出す後輩。
気がつくと、隣に腰掛けている後輩。
「先輩。たまには、愚痴って良いんですよ。」
「えっ…??」
気がつくと、後輩に優しくされている。
…初めて、しっかり顔を見た気がする。
「頼りないけど、たまには頼って下さい。」
気がつくと、後輩君が笑顔で頭を撫でている。
気がつくと……とくんと音がして
気がつくと、止まってた腕時計の針が動いてて
何かいつもと違う事が起きそうな予感がする。