飲み会に行っていた彼が帰ってきてからずっと私のことを抱っこしてる。他にやりたいことがある訳でもないからいいけど、少し気になる。
「ねぇ、どうしたの?」
「……なんでもない。」
顔も見せてくれないから、体調も分からないけど平気なのかな。
「……すき。だいすき。ことばじゃつたえきれないくらいすき。」
「……っ、どうしたの?急に。」
「きゅうじゃない。いつもおもってる。いつもいえないけど。」
「……そっか。私も大好き。」
「うれし。」
「ほら、そろそろ寝よう?」
今日もお疲れ様。いつも言えないけど、ずっと大好きだよ。
テーマ:言葉にできない
桜並木の土手を歩いていると、色々な人とすれ違う。桜を見ることなく忙しなく通り過ぎる人、写真を撮る人、昼間からお酒を片手に花見をするをする人、散りゆく桜の花びらを捕まえて遊ぶ人。
そんな土手で私はここ数年、不思議な出来事を毎年目にしていた。
ホラー的な体験ではないのだけれど、春先のある日になると顔立ちの整った体格のいい男性が白昼夢のように現れては消えるのだ。これがまた不思議な話で、現れる時は桜が竜巻のように巻き上げられてその中から現れて、消える時も同じように桜の竜巻に吸い込まれるように消えていく。その上、現れる男性の年齢も姿もバラバラなのだ。下は小学校低学年くらいの見た目の子もいれば、上はイケおじと言っても過言ではないような男の人が現れることもある。友人にぼかしながら話したところ、桜の精でも見たんじゃないか、なんて笑われたけれど、自分はそうは思わない。きっとあの人たちが神様なのだとしたら、もっと違うものの神様だ。
だって、あんなにも冷たい綺麗さだったのだから。
テーマ:春爛漫
誰よりもお前のことを見てきたから知ってる。お前があいつの事を好きだってこと。なんでって、ずっとお前の事見てたから。お前はバカだよ。叶わないってわかってるのに、ずっと恋してる。でも、俺の方がずっと馬鹿だ。だって、俺だって叶わないってわかってるのに、ずっとお前に恋してる。
テーマ:誰よりも、ずっと
ねぇ、君と出会ってからもう三年経ったね。喧嘩も沢山したね。でも、その分仲直りして、たくさんデートしたね。ずっと一緒にいるけど、ずっと君のことが好き。ねぇ、愛しい君は、これからもずっと、僕と一緒にいてくれますか?
テーマ:これからも、ずっと
僕はとある夏に、少し不思議な人に出会った。
その人は、音楽がとても好きだと言っていた。思い返してみても、音楽を聴いているか、歌を歌っていることが多かったように思う。
その人は、いろいろなことを音楽や音楽用語で例えた。おかげで、僕も少し音楽に詳しくなった。主にクラシックに。
その人は、朝遅刻しそうになると、『熊蜂の飛行』というクラシック曲が頭の中で流れ出すらしい。僕も実際に聴かせてもらったけれど、確かにあれはかなり焦る。
その人は夏が来ると、『ツァラトゥストラはかく語りき』という曲の冒頭が思い浮かぶ、と笑っていた。これは僕も知っていた曲だったけれど、そんな風に聴いたことは無かったから面白い考え方だと思った。
その人は海を見ると、『海の歌』という曲を思い出すと、少し寂しげに言っていた。その曲はオーケストラではなく、吹奏楽の曲らしい。その人は、昔演奏したことがあると言っていた。
その人は海に沈んでいく夕日を見ると、『アルメニアン・ダンスパート2』と『マーチ プロヴァンスの風』と『天国の島』という曲を思い出すらしい。どれもまた吹奏楽の曲らしい。その人いわく、『アルメニアン・ダンス』と『天国の島』は演奏したことがあるのだそうだ。
その人は海から登る朝日を見ると、『マードックからの最後の手紙』という吹奏楽の曲を思い出すらしい。その人が言うには、その『マードックからの最後の手紙』はタイタニック号の事件を元に書かれた曲らしい。素敵な曲だから一度は演奏してみたかったと、遠くを見つめながらその人は笑った。
その人は心から音楽を愛していた。それは音楽に詳しくない僕にだってわかった。それなのにその人は、もう音楽はやらないのだと寂しそうに言った。聞くべきではないとわかっていた。でも、あまりにその人が寂しそうに言うものだから、僕は思わずどうして、と聞いてしまった。その人は遠くを見つめながら、どうしても、と言う。今考えてもその人がどうして音楽をやらなくなったのかは分からない。けれど、いつか本当のことが聞けるのならば聞いてみたいと思う。
夏の影に消えてしまったあの人に。
テーマ:沈む夕日