あの時、君を引き止めていれば。
あの時、君に何か言えていたら。
言い出せなかった「 」
思えば君とは長い付き合いで、僕が色々な事情でこの地域の人達に引き取られた時から、ずっと傍に居た気がする。歳も近かったし、家もお隣同士で、お互い外で遊ぶのが好きで、隠れん坊よりは鬼ごっこ派で、袋菓子をひとつ買うよりも沢山の小さいお菓子を買う方が好きだった。
中学校に入ってからは、顔を合わせるのも気恥ずかしくて、遊ぶ機会はどんどん減っていったが、それでも帰り道、君は校門でいつも僕を待っていた。僕に笑いかける君のその顔が夕焼けの空に照らされて、なぜかは分からないけれど、少し切なかった。
──────多分、初恋だったのだと思う。
僕らが住んでいた地域は大変田舎だったもので、小学校と中学校は合体していたし、高校もひとつしか無かった。将来何かやりたいことがある同級生は、この街から巣立ち、どこか遠くの学校へと旅立って行ったが、僕は将来やりたいこともなくて、ぼーっとしている間にするっとこの街の高校に進学した。君もそうだった。
この頃になると、君と僕は毎朝家の前で待ち合わせをして、スクールバスでは隣にたち、下校の時はどちらかが言い出さなくても、帰りは校門の前で片方を待っていた。
今日は僕の方が早く校門に着いた。
─なあ、お前。あの子と付き合ってるのか?
─はぁ!?告白してない!?
─あの子結構モテてるし取られちゃうかもな。
同級生のからかい声が頭の中に響く。
…告白。
夕暮れに照らされたようなオレンジ色ではなく、タコの様に真っ赤になっていたと、君は笑った。
……告白、していたら。
何かが変わったのだろうか。
今は君の最後の言葉だけが耳に残る。
「さようなら」
心の中の風景は、今もあの荒野を写している。
あの日、失った宝物。
あの日、得た新しい居場所。
どれだけ時間が経って、今いる場所が変わっても、
きっとあの荒野はずっと着いて回るのだろう。
──大いなる神との戦いが終わって3年。
戦の跡を鮮明に残していたこの城下町も、今では元通り…とまではいかなくても、以前の活気を取り戻している。
隣に座ってパンを頬張る家族。
壊れたベンチを直す大工の親子。
元気いっぱいの子供たちと遊ぶ兵士たち。
皆が皆、笑顔を浮かべている。
……賑やかだ、本当に。
だけど、君はこの光景に映らない。
アング。僕の大切な仲間。
大切な友人。大切な…恋人。
彼女は大いなる神との戦いの最中、僕を庇って倒れた。 致命傷だった。
アングは、死ぬ最中、何を考えていたのだろう。
何を感じていたのだろう。
僕には何も分からない。
だけど、
君が見た景色を、僕も見てみたい。
夏の香りなんてものはもう最近は感じなくて、
ただただ蒸し暑いこの夏も、もう気がつけば8月だ。
お盆の時期か近づくし、君はこの謎の虫が鳴いている田舎に帰省するのかな。それとも何でも揃っている東京に居たままなのかな。
君は優しいから、私が一言「会いたい」って連絡すれば、きっと長い長い電車とタクシーを乗り継いでここに帰ってきてくれる。今までだってそうだった。
だけど、なんだか連絡したくない。胸の当たりがモヤモヤして、外は快晴だっていうのに、私の心の中は曇りすぎている。
連絡しないことだって選べる。
ああ、だけど、
8月、君に会いたい。
「遠くへ行きたいな」
白い清潔なシーツの上で、沢山の点滴に繋がれる友は、ポつりとそう呟いた。
「遠くへ、って……」
もうそんなこと耐えられる身体じゃないだろう、と言いきる前に、友は「わかってるさ」とそっぽを向いた。