「遠くへ行きたいな」
白い清潔なシーツの上で、沢山の点滴に繋がれる友は、ポつりとそう呟いた。
「遠くへ、って……」
もうそんなこと耐えられる身体じゃないだろう、と言いきる前に、友は「わかってるさ」とそっぽを向いた。
「最後は笑って死にてえな。そしたらさ、今までのぜーんぶのこと、良かったって思えるかもだろ?」
いつも明るくて、周りの人を放っておけない彼は、道に飛び出した子供を庇って─────
……笑顔だった。あの人の顔。
最後の声は聞けなかったけど、多分、笑い声だったんだろうなぁ。
酸素吸って生きてる
無駄吸い
「なあなあ、」
『小説同好会』と記された部屋で、二人の人間が向かい合って座っている。
片方の男はスマートフォンを弄りながら、
もう片方の女は作文用紙で顔を仰ぎながら。
男は、今尚自分の書いた小説をぞんざいに扱う女へ口を開いた。
「別れ際に相手を引き止める一言ってわかる?」
女は男の方に視線を向けて言った。
「急に何よ。別れ際にねぇ?素直に「行かないで〜」とか「もうちょっとだけ一緒に居たい」とかじゃないの?」
女は言葉を捻り出すような声で答えた。男はそれには「ふーん」とだけ返し、その後得意気にアンサーを発表した。
「俺はお前が1番喜ぶ引き止め方を知ってる」
「え?何よ?」
「これから俺の奢りで高級焼肉店行かない?」
「優勝」
痩せこけた男が公園のベンチに座っている。美しい紅葉に似合わないその男は、そうっと遠くを眺めて黄昏ていた。
ああ、
秋が来ると思い出す。あの美しい人との思い出を。
そうしてなんだか死にたくなってくる。
いや、死にたいわけではない。ただ逃げたいだけだ。あの人に告白したあの日から、一緒にデートをした公園から、大きいパフェを2人で分けて食べたあのカフェから。それに、あの人が亡くなった日の紅葉から。あの赤色がどうしても、どうしても忘れられんのだ。
「それは本当に紅葉の色なのかしら?」
気がつくと男の傍には、隣につばの長い帽子を被った、赤いワンピースの女が立っていた。
男は突然話しかけてきた女に驚きながらも反論する。
「いいや、いいやそうに決まってる。逆に紅葉じゃなかったら何だって言うんだい。」
女は呆れたように口を開いた。
「血よ。あなたが刺した女のね。」
男はその言葉に心底不思議そうに首を傾げた。
「いやいや、俺があの人を刺すわけがない。だって心の底から、愛していたんだから。」
女はその言葉を聴きながら、男の隣に座った。そうして男の首筋をなぞりながら一言呟いた。
「愛しているからって刺しちゃいけない訳じゃないでしょう。」
でも、俺はやっていない。俺にはその記憶が無い。
そう言おうとして、男は声が出ないことに気がついた。女はその後も声を出すのを辞めない。
「だって、そうでしょう。あたしがその記憶だもの。あたしが出てくるのはいつだって秋。ああ、紅葉。紅葉があたしとあなたを繋ぐ鎖であり、何にも変えられない思い出よ。ね、あたしの顔をご覧なさい。」
女がそう言ってつばの長い帽子を取る。
そこには、ああそこには、
男の愛した人が、血塗れで立っていた。
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「ねえ、」
『小説同好会』と記された部屋で、二人の人間が向かい合って座っている。
片方の男はスマートフォンを弄りながら、
もう片方の女は作文用紙で顔を仰ぎながら。
女は先程の声掛けに反応しない男に溜息を付きながら言った。
「やっぱりあんたの小説って後味悪くない?」
男は女の方に視線を向けて言った。
「ハピエン地雷だから。」