「楽園?」
「そ、楽園。」
相棒が突然言い出した空想話。
なんでも世界の果てには楽園があって、
そこでは誰も飢えず、誰も悲しみに飲まれず、
誰もが幸福に、元気に過ごせるらしい。
「それな?」
「わかるー」
「ウケる」
がやがやと騒がしい教室、午後のある日。
あの頃は、何もかもが輝いて見えていた。
好きなアイドルが表紙の雑誌を買って、
紙パックジュースを気取って飲んで、
帰りは自転車で河川敷を走ったよね。
有線イヤホンを耳に突っ込みながら。
どうしようもなく、あの頃に戻りたい時がある。
どんな大人になるか、考えていたあの頃に。
画質が悪い写真。くぐもった音のイヤホン。
テレビは割と厚め。父親が野球をずっと見てたっけ。
まな板で何かを切る音がする台所が大好きだった。
あの頃。2階の自室から見る景色は、毎日代わり映えしなかったけどさ、今の、仕事帰りのアパートから見える景色よりは、何千倍もうつくしかったね。
ああ、雨音が強くて眠れない。
お気に入りの曲聞いて眠る
ブルーライトの光浴びてさ
今日も辛かったねなんて
1人で耽っている
明日が来なければ良いって
何度もそう思ったけど
変わらず朝日が昇るから
もうそんなの諦めかけてる
布団の中お気に入りの動画見て
画面の中で笑う推し達を見て
なんだか自分が酷く不幸だと感じた
嫌になってもう動画を閉じる深夜2時
明日は
いや今日は
早く起きられるといいな
「成人おめでとう、鈴木!」
「ありがとう。齋藤こそ…って言いたいけどあんた早生まれだもんな。」
「そうなんだよ!俺だけ成人式後の打ち上げで酒飲めねーんだよ!」
「別に飲んだってバレないだろ。」
「…気分の問題だよ、気分。悪いことって分かってるからさ、なんか嫌な気分になっちまう。」
齋藤とは小学校の入学式の日、席が前後だった時から交流が始まった。さいとうとすずきは五十音順の席だとかなり近くなのだ。
齋藤は昔から真面目な奴だった。クラスメイトが嫌がってサボったトイレ掃除は進んでやっていたし、誰も手を挙げないクラス委員にも積極的に参加していた。
クラスみんなが使っていた他人の家の敷地を通る近道だって、齋藤は1度も通らなかった。
「齋藤ってさ、なんでそんな真面目なの?」
つい口から溢れた問いに、齋藤は少し困ったように答えた。
「さっきも言っただろ?悪いことをすると嫌な気分になるんだ。真面目で居るって楽だぜ?」
「…それだけ?」
「それだけ。」
きっと彼は20歳になるまで酒を飲まないのだろう。
それはなんだか…なんだか、とても素敵な事のように感じた。
「星って、色んな色があるじゃん?」
コンクールの日。緊張していた私に、先輩はそう話し始めた。
「色、ですか?」
「そう、色。例えば…シリウスは青かったり、ペテルギウスは赤かったり。そりゃもう、色とりどり。」
それがピアノの演奏に何の意味があるのか?疑問符を浮かべる私に気づいたのか、先輩は慌てた様子で口を開いた。
「あー、だから、なんて話じゃないんだけどさ。彼女の演奏の方が君の演奏より評価されるものであっても、君は君らしい音楽を弾いてくれれば良いんだ。ピアノの音には、星の色にだって負けないくらいの音色の数がある。どうか君の色を、弾いて欲しい。」
「…はい。」
アナウンスが終わった。私のパフォーマンスが始まる。
私の色なんて、さっきの今で見つけられだ訳じゃないけど、やれるだけやってみよう。
あの人が信じてくれた様に、先輩が言ってくれたように、
気張らず、私の音を響かせよう。