「なあなあ、」
『小説同好会』と記された部屋で、二人の人間が向かい合って座っている。
片方の男はスマートフォンを弄りながら、
もう片方の女は作文用紙で顔を仰ぎながら。
男は、今尚自分の書いた小説をぞんざいに扱う女へ口を開いた。
「別れ際に相手を引き止める一言ってわかる?」
女は男の方に視線を向けて言った。
「急に何よ。別れ際にねぇ?素直に「行かないで〜」とか「もうちょっとだけ一緒に居たい」とかじゃないの?」
女は言葉を捻り出すような声で答えた。男はそれには「ふーん」とだけ返し、その後得意気にアンサーを発表した。
「俺はお前が1番喜ぶ引き止め方を知ってる」
「え?何よ?」
「これから俺の奢りで高級焼肉店行かない?」
「優勝」
痩せこけた男が公園のベンチに座っている。美しい紅葉に似合わないその男は、そうっと遠くを眺めて黄昏ていた。
ああ、
秋が来ると思い出す。あの美しい人との思い出を。
そうしてなんだか死にたくなってくる。
いや、死にたいわけではない。ただ逃げたいだけだ。あの人に告白したあの日から、一緒にデートをした公園から、大きいパフェを2人で分けて食べたあのカフェから。それに、あの人が亡くなった日の紅葉から。あの赤色がどうしても、どうしても忘れられんのだ。
「それは本当に紅葉の色なのかしら?」
気がつくと男の傍には、隣につばの長い帽子を被った、赤いワンピースの女が立っていた。
男は突然話しかけてきた女に驚きながらも反論する。
「いいや、いいやそうに決まってる。逆に紅葉じゃなかったら何だって言うんだい。」
女は呆れたように口を開いた。
「血よ。あなたが刺した女のね。」
男はその言葉に心底不思議そうに首を傾げた。
「いやいや、俺があの人を刺すわけがない。だって心の底から、愛していたんだから。」
女はその言葉を聴きながら、男の隣に座った。そうして男の首筋をなぞりながら一言呟いた。
「愛しているからって刺しちゃいけない訳じゃないでしょう。」
でも、俺はやっていない。俺にはその記憶が無い。
そう言おうとして、男は声が出ないことに気がついた。女はその後も声を出すのを辞めない。
「だって、そうでしょう。あたしがその記憶だもの。あたしが出てくるのはいつだって秋。ああ、紅葉。紅葉があたしとあなたを繋ぐ鎖であり、何にも変えられない思い出よ。ね、あたしの顔をご覧なさい。」
女がそう言ってつばの長い帽子を取る。
そこには、ああそこには、
男の愛した人が、血塗れで立っていた。
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「ねえ、」
『小説同好会』と記された部屋で、二人の人間が向かい合って座っている。
片方の男はスマートフォンを弄りながら、
もう片方の女は作文用紙で顔を仰ぎながら。
女は先程の声掛けに反応しない男に溜息を付きながら言った。
「やっぱりあんたの小説って後味悪くない?」
男は女の方に視線を向けて言った。
「ハピエン地雷だから。」
カラスがもう寝静まった頃。旅館から抜け出した俺たちは、錆びて注意書きも読めなくなった鉄階段を降りて浜辺を歩いていた。夜の海はその光を落ち着かせて、緩やかな夜凪の波の音だけを発している。
前を歩いていた彼女は急にしゃがんだかと思えば、貝を手に取り、こちらに見せびらかしてきた。
「なんか貝殻耳に当てると音聞こえるんでしょ?うちの出身県海無くてさ、ずっと試してみたかったんだよなぁ」
「試してみてどうだった?」
「うーん、ここ海だしどっちの音なのかわからないや」
そう言うと、彼女は海に貝殻を投げ捨てた。
いいのかよ?いいのいいの。
そんな適当な会話すら静かな海に吸い込まれていく。
いつか、この日のことを忘れる日が来るのだろう。
でも今だけは、この景色を二人だけで。
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「ねえ、」
『小説同好会』と記された部屋で、二人の人間が向かい合って座っている。
片方の男はスマートフォンを弄りながら、
もう片方の女は作文用紙で顔を仰ぎながら。
女は先程の声掛けに反応しない男に溜息を付きながら言った。
「珍しく良い結末になりそうだな〜って思ったけどさ?何が何でもハピエンは嫌なわけ?」
男は女の方に視線を向けて言った。
「書けないんだよ。幸せな話。」
あじさい
貴方が紫陽花の種を植えていた。
ご丁寧に卵の殻を細かくしたものまで撒いて、
私に似合う花だろう?なんて笑っている。
「ばーか、貴方に似合うのはせいぜいシャスタデイジーだろ」
「何だそれ、初めて聞いたぞ」
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「ねえ、」
『小説同好会』と記された部屋で、二人の人間が向かい合って座っている。
片方の男はスマートフォンを弄りながら、
もう片方の女は作文用紙で顔を仰ぎながら。
女は先程の声掛けに反応しない男に溜息を付きながら言った。
「この花わかる人居ないだろ」
男は女の方に視線を向けて言った。
「調べれば良いだろ」
あなたのことがずっと嫌いだった。
いつでも明るくて、みんなの人気者なあなたが嫌い。
少し抜けたフリして同情を買うところも、
親に心配かけまいとバイトばっかりしてるところも、
全部全部大っ嫌い。
そんなこと言ったって、
あなたは困ったように笑うだけ。
私の思いはきっと今日も届かない。
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「ねえ、」
『小説同好会』と記された部屋で、二人の人間が向かい合って座っている。
片方の男はスマートフォンを弄りながら、
もう片方の女は作文用紙で顔を仰ぎながら。
女は先程の声掛けに反応しない男に溜息を付きながら言った。
「この…何……?」
男は女の方に視線を向けて言った。
「憎悪から来る愛もあるよなって。」