/桜散る
今年もいってしまったね
春はいきものみたいに
土地を飲みこんで去ってく
たとえば春は
まっしろい鯉のぼりの姿をしていて
南から現れ
この島々をのみこんで
お腹の中にうずまく花吹雪の風で
さんざんお祝い騒ぎをやらせたら
するり北へと抜けていく
ほんものの鯉のぼりの先に立って
温かい季節を告げ泳ぐ
大きな大きな
見えない
風の魚が──
/快晴
新しいリップを一本買った。
するどくカットされた瑪瑙(めのう)のよう、
なめらかに真新しいリップの先。
ふらりと寄ったはじめての店で
千円もしないリップを買った。
新色だってさ、季節の。
黒いボディのばかり使ってたけど
白いのを買った。
はじめて──
それだけで空が
さっきよりかがやいて、青い。
/遠くの空へ
歩いてきた道をふり返ると
足跡が文字のようにもつれて
これまでの道がうねうねと続く
ひとつの文章として見える
ここまで来たんだ、と思う
成し遂げたこともない
友だちも失ってきたけれど
遠くへ行きたいという願いだけは
皮肉のように叶った
ふり返る彼方がとおく
かつて遠くに見た空の下にいま居る
それだけで ひとつ
ひとつだけ、
認めきれない自分の通信簿に
『済』の判を押す
これよりも遠くへ
行けるか まだ
まだ歩く
生きているなら行かねばならないし
もうすこし
良い一文(あしあと)が綴れるかもしれない
/星空の下で
君にはじめて会ったのは
二十年前のおとついの星の夜
星あかりなんて
街の灯に消されるね、と
くやしそうに笑って砂浜に裸足
まだつめたい海の水を蹴った
流れ星のような女(ひと)だった
願いをつぶやきながら
君の軌跡をみおくって
ぼくはまだ地上にひとり
君にまた会えるとしたら
おとついの先の二十年の夜の星
世間なんかお構いなしの
宇宙人みたいなきみ
流星のしっぽは消えない尾を引いて
ぼくにいつまでも刻まれてる
/それでいい
決められなかったから
ぜんぶおまかせ
(いっしょでいいよ)
らくちんだった
責任もないし
だけど今
あれ、良くなかったんだなあ
(それでいいよ)
が積み重なって
決められなくなってしまったんだなって
決める力を持てなくなってしまったんだって
気づいたから
少しでも取り戻したくて
せめてね
もう言わない
(それでいいよ)
って、もう言わない。