たまには/
たまには
手を繋がないか、と言いたかったらしい夫が
ほれ、
とだけ言って私の左手の前で手のひらを振る
小さいころ
こんな子いたなあ、
ベルならして私の名前呼んで玄関の前でまってる
こちらが出てくるとすっかり焦(じ)れて
ばっと駆け出す
遊ぼうよ、などとはついぞ言わない子だったが
あの子もこのひとくらいになって
奥さんとか
娘とか
いるのかしら──
何考えてるの、と言われて
いつもは大してかわいくない夫の顔が
誰かにかさなり
なんでもないよ、と笑って
こっちから手をつかみ、ぶんぶん振って歩いては
もうやめろ、と言われて
うちに帰った日。
柔らかい雨/
雨が頬を撫でる。
傍目には目立たないが、私の産毛は柔らかいながらけっこう密で、降ってきた雨は薄い膜に一旦するりと弾かれて頬をすべり落ちる。
それからいくつか降り、空が垂れこめて、やっと頬が濡れる。頬っぺたまで素直じゃないと恋人が笑った。
最初から決まってた/
あなたがいなくなったから
やっとあなたを追いかけられる
あなたが遺していった
たくさんのうちの ほん の わずか
手の中に残ったそれらを
私は目を凝らして見つめる
砕けたガラスに七色の光が
どれもこれも違う形の違う顔で
なぜ気づかなかったの、こんなに
たくさん、細やかにあなたが
刻んでいた心に
(……あなたがいた、から。)
(ずっと居るとおもっていた……)
あなたがいなくなったから
わたしはやっとあなたを見ている
呼んでもかえらない
だからあなたの骨から聞こえる
音楽をわたしがたくさん描くよ……
星とガラスと泥砂のひかり……
街の明かり/
あんたちょっとずれてるって
言われた、
頭が悪いって
言われた日、
街を歩いてても街の明かりはとおい
街というのがどこか他所(よそ)で
みんなが住んでるところのような気がして
私の街はどこですかあ、
どこですかあ、
って
頭の中で言いながら歩いた日。
星空/
Ⅰ.
あまりに遠くへ旅をするこの船は
真珠色になるまで
気泡をたっぷり混ぜこんだ水あめみたく
空気を身にまつわらせて
先へ先へと落ちてゆくのでした
Ⅱ.
長い長いながれぼし
あとをふり返ると
わたしの過去の尾がみえる
さよなら
さようなら
別れをいいたいのに
こちらに気づきもせず
離れてくれもしない
ねばついた光の筋が、しろく……