「何でもないフリ」
会社の先輩を好きになって1年が過ぎた。先輩は困っている人がいると、雰囲気で察知して直ぐに声をかけてくれる、まあ、誰にでも優しいのだけど…その優しさに私は、やられてしまった。
コンコンと、デスクを同僚がノックをするように叩いた。
「今日、仕事終わったら飲みに行かない?」
「いいよ。店は任せるね」
久々に飲んで帰れると思ったら、あっという間に時間が過ぎたように感じた。仕事が終わり、会社の外でみんなを待っていると先輩が1人で降りてきた。
「え? 先輩も今日飲みに行くんですか?」
「あれ?聞いてなかった? 俺、今度転勤決まったんだよ。そしたらみんながお別れ会してくれるって言うから」
転勤?!え?!
ドタドタと音を立てて駆け寄ってきた同僚の目が泳いでいるように見えた。
「先輩、もしかして今日の飲み会の目的、言っちゃいました?」
「あ、うん。いまさきっき」
「そうなんですねぇ。すみません、この子にまだ言ってなくて、びっくりしちゃったかも」
そう言いながら、私の背中を見えないようにゆっくりとさすってくれた。
私に気を使って言わないでくれたのか…言わなくても直ぐに分かることなのに…。
同僚に小声で【大大丈?】と聞かれたから、私は口角を上げて「大丈夫」と答えた。
「仲間(創作)」
女子高生達が、白い息を出しながら、笑い転げて私の横を通り過ぎた。
いろんな悩みを抱えながらも、時間は無限にあるように思えて夢を見ていたあの頃…ふと昔のことが頭に浮かんだ。
体育祭の合間にクラス対抗の応援合戦があり、そのクラス隊長に選ばれてしまった。どちらかと言えば責任感が強く、皆んなには苦労をかけたくないと言う思いから、残りのラストスパートという所で、1人で抱え込んでしまっていた。
衣装作り…看板作り…もうお手上げって時に、クラスの子達から怒られたことがあった。
「これはあなただけの応援合戦ですか?」
「なんで私たちに言ってくれないの?」
「ひとりでなんかできないでしょ? 」
今思えば怒られたんじゃなくて、伝えてくれたんだよね。素直に、ありがとうとか言えなくて、、ほんの少し変な空気になっちゃったけど、そう言ってくれなかったら、応援どころではなかったはず。
それぞれが自分の得意分野に別れて、みんなで居残りで作業した事も今では良い思い出になっている。
みんな、元気にしてるかな。
会った瞬間に、高校生の私たちにもどって楽しい時間を過ごせるはず。
会いたいな。
ふふっと笑った私の口から、白い息がこぼれた。
「ありがとう、ごめんね(創作)」
寒くなってきて布団から出るのが大変になってきた。そして今日も案の定…
遅刻気味。
社会人三年目だけど、お母さんがお弁当を作ってくれている。本当に本当に嬉しくて感謝しているんだけど、私への母の愛情が時々重たく感じる時がある。
「ご飯もう少し少なくていいよ」
「あら、そう?」
「卵焼きの中にほうれん草おおくない?」
下を向いていた母が私の顔を見て、「うるさいな!!」と、怒鳴った。いつも優しい母が…
口に入れた卵焼きを、一気にごくりと飲み込んでしまった。
「作って貰っといて文句言わないで」
「誰も不味いとか、いらないなんて言ってないじゃん!」
「ありがとう!って、持っていけば良いのよ」
そうだけど…そんなつもりで言った訳じゃないのに…次の言葉が出なかった…
ふと顔をあげて母の顔をみたら、母も、はっとした顔をした。
「あ、言いすぎたわ、ごめん」
「ううん、私のほうこそ、いつもありがとう」
そういった後、ぎこちない顔で、お互い見つめあった。
「逆さま(創作)」
青い空が広がる春の暖かい日、私は玄関先で不貞腐れていた。
「本当に行かなくていいの?」
「行かない」
家族で動物園に行くことになっていたのだが、ちょっとしたことがきっかけで行く気になれず服にも着替えないで抵抗していた。
それに、自分を置いて行くはずがないと思っていた事も大きかったけど、この日は本当に私を置いて動物園に行ってしまった。
この日を境に私の心にモヤがかかり、思っていることと反対のことを言うようになった。
「全然可愛くない」
「やりたくないから勝手にやれば?」
「ウザイんですけど」
もう、自分の心と反対の言葉が、泉のように溢れ出す。自分でもどうすることも出来なかった。
次第に友達も離れていき、私はひとりぼっち。どこにも行く場所なんてなかった。
大きな殻に少しずつ少しずつ自分から入って行って、誰の声も聞こえない。自分の心の声が洞窟の中で響いている感覚が長い間続いた。
「いつまで、そうしているつもり?」
年の離れた高校2年の姉が、うずくまる私に向かって言った。
「小学6年から中2まで、不貞腐れて…なっがっ!」
「うるさっ」
「物事なんて見方次第で変わるんだよ」
あなたみたいに楽天的にはいかないのよ。出来たら今頃こんなひねくれた気持ちになっていない。
私はいつまでこのままなのだろう…
人生がつまらない。楽しくない。私には未来があるんだろうか。自分の殻の中に、不安というモヤが増えた気がした。
「勝手にしな。たださぁ、あんたの味方は近くにいること忘れないでよ」
私の肩をぽんと軽く叩いて、姉は出ていった。叩かれた肩がほんのり、あたたかい…気がする…。
「ふぅ…」
私の言っていることが逆さだとしたら、やっぱり心のどこかでは【変わりたい】と思っている自分もいるのだろうか…。
「眠れないほど(創作)」
防寒着よし。双眼鏡は持った。小腹がすいた時に食べる菓子パンももった。
私の趣味は、バードウォッチングだ。どこの鳥スポットに行こうか考えるのも楽しみだし、実際にも行ったりする。
今日は、鳥仲間と一緒に出かけている。
「今日は見れるといいですよね」
「なかなか、見れないですもんね」
今、私に話しかけて来てくれた人は、大学の教授で15年アオサギの研究をしている人だ。
教授が眠れないほど待ちわびている瞬間がある。
それは、アオサギのフンをしているところ。アオサギの中には、草むらに隠れてフンをする個体がいるそうだけど、なかなか見かけないとの事で、話を聞いていたら私まで見たくなってしまった。
教授との出会いが私のバーダー歴に拍車をかけ、眠れないほど私も、アオサギのことを毎日考えている。
アオサギもそんな瞬間は見られたくないだろうけど、もう少し私のロマンに付き合ってもらおうと思う。