私だけ。この世界には私だけがいた。
モノクロのどこまでも続く空と砂。ささやかに風が吹いていて雲と砂が少しづつ流れていった。
私は部屋着と裸足のまま宛もなく砂の上を歩く。
それからしばらく歩いてから砂の上に仰向けで寝転んだ。サラサラとした冷たい砂が身体に心地よかった。そして、そのままモノクロの空を流れる雲を眺めていた。
これは夢だとわかっていた。
変わり映えのしない日常だけど、ただ暑い日が続く日々の中、夢の中で涼むことのできる自分の幸せを砂にまみれ噛み締めた。
終わりにしよう。そう思った。
ダラダラと続けているこの趣味も、諦めきれなかった夢も嫌々通勤している仕事も全部全部全部全部全部。
新しい人生を始めるんだ!俺のことを誰も知らない街で、やったことないことをやりたかったことをたくさんするんだ!
貯金ならある。じっくりと探せばいい。
そこまで考えてふと、「それだけで終わりにできる?」と脳が囁いた。今ある貯金も、新しい人生を始めたい俺も、これまでがあった結果だ。この金で、この俺で新しいのとを始めたとしても結局地続きなんじゃないか?今までがあったままじゃ本当の新しい俺にはなれないんじゃないか……?
「ァ」
少し変な声がでて、そこから呼吸と一緒にずっと小さなうめき声が出ていた。身体の中ががらんどうになっていつまでも埋まらないような心地がする。
そのまま靴も履かないでエレベーターに乗り最上階のボタンを押した。終わりにしよう。俺の全部。
手を取り合って、くるり、くるり。
ぼく達は5年生全員で宿泊研修に来た。天気予報通り綺麗に晴れたので、今キャンプファイヤーの周りでみんなでマイムマイムを踊っていた。
「晴れて良かったよね。こんなにキレイな星空が見えて」
ぼくのペアの女の子が言った。
「最近ずっと雨だったのにね。でもさ、ぼく思うんだけどさ、」
くるり、くるり、丁度輪が一周して最初の場所に戻ったころに、その子の手を少しだけぎゅっとして言った。
「月のほうがずっとキレイだよ」
くるり、くるり、ぼく達が回るたび月と星の夜空も回って見える。にぎった手にじわりと汗がにじんだ。
彼女がこの言葉の意味を知っているかどうかを、ぼくはまだ知らない。
ある夜。窓越しの暗闇に何かが蠢いたような気がした。
不思議に思って窓を開けてみると、するりと黒い毛玉が部屋に侵入してきた。
三角耳に揺れるしっぽ。黒猫だった。どうやら暗闇に紛れてこちらを伺っていたらしい。
黒猫は我が物顔で部屋を歩き回りふわふわのソファを見つけるとそこで大きく伸びをした。
野良猫の割には毛艶がいい。思わず手を伸ばし撫でてみると、黒猫は手に顔を擦り寄せた。人間慣れもしているらしい。もしかするとこれは。
SNSで【黒猫 迷 ××市】と検索をかけてみた。
案の定それらしき投稿が見つかり、投稿者にメッセージを送った。返事はすぐに返ってきて、何点かの確認ののち明日飼い主が黒猫を引き取りに来ることが決まった。
「お前、運が良かったなぁ。明日すぐにご主人さまと会えるぞ〜」
まるで返事のように、猫はにゃあと元気に鳴いた。
翌日、飼い主が黒猫を引き取りに来た。黒いワンピースを着た、黒猫によく似た美しく長い黒髪を持つ女性だった。
きっと彼女も、黒猫のように暗闇に紛れてしまえるんだろうと思った。
運命の赤い糸。そんなものはない。
あってたまるか運命くらい自分で探しに行け!