不条理
子育てにおいて、ただただ「努力しろ」とは言わない。
言うなら「努力する事は無駄ではない」と伝える。
努力したという過程は、将来の自分の自信につながると伝える。
そしてちゃんと、世の中、努力してもどうにもならない事の方が多いことも伝える。
世の中、理不尽でわけがわからず、自分の常識が通用しない、そんなことだらけだから。
泣かないよ
大人になればなるほど、泣かなくなった。
自分の為に泣くような出来事がないのだろうか。
そう思っていた。
パートで仕事に出るようになった。
パートというだけで、軽くあしらわれたり見下されたりする。
真面目な性格の私は、全てを真に受けて疲れ切っていた。
お風呂の中で、一人泣くこともあった。
私はパートとはいえ、経験を積んでいった。
見下されても、言い返せるだけの積み重ねてきた事実がある。
私はもう泣かない。
怖がり
私は八方美人な性格だった。
誰にでも良い顔をする、薄っぺらい性格だった。
私は家の都合で、何度となく引越しをした。
その度に、私は新しい人間関係を作らなければならなかった。
小学生、中学生と学年が上がるたび、人間関係を構築するのは難しくなっていった。
その頃は、一人になるのが怖かった。
誰でもいいから友達が欲しかった。
その為には、八方美人でいるのが一番都合が良かったのだ。
子供を育てる中で、ママ友達も欲しかった。
ただ、ママという存在は、子供のこととなると
手のひらを返したように、急に攻撃してくるのだ。
友達が一人、ママ友達との人間関係に疲れて、うつ病になった。
その友達が言っていた。
「ママ友達なんて、狭く浅く付き合うのが一番なんだ」
「本当に必要な友達は、一人二人いればいい」
私も、目から鱗が落ちる思いがした。
私は、何を一生懸命になっていたのか。
どうして、たくさんの友達を作ろうとしていたのか。
友達がいなくても怖くないのではないか?
私は無理をしてまでママ友達と会うのをやめた。
私の方から誘うのをやめた。
始めは、「なぜ誘ってくれないのか?」とか、「冷たい」など、非難された。
そのうち、私の周りには、ほとんどのママ友達がいなくなった。
今、私の周りには、友達は少ない。
でも、今の私は怖くない。自由だ。
星が溢れる
あんなにたくさんの星が近くに見えたのは、初めての事だった。
小学生の頃から、親に連れられて何度も登山はしていた。
ハイキングのような低い山から、2000m、3000mの山も、車で途中まで行って登ったり、頂上まで行かず、途中でお弁当を食べて帰ってきたりと、日帰りの登山は何度か経験してきた。
その山は、初めてではなかったが、泊まるのは初めてだった。
1日目は山小屋までの登山。
家族と親戚で、楽しく登った。
山小屋は狭く、自分の寝る場所はたたみ一畳ほどしかない。
次の日は早朝に起きて、ご来光を見るために頂上を目指しての登山だ。
私は仲の良い従姉妹と体を寄せながら眠った。
何時間たったのだろうか。
体を揺さぶられて目が覚めた。
従姉妹が一人でトイレに行けないから、ついてきてほしいと言ってきた。
トイレは山小屋の外にある。
確かに1人で行くのは不安だ。
私は一緒について行った。
私はトイレの前にある大きな石に座り、従姉妹はトイレに入って行った。
あー、目が覚めちゃったなと、なにげに上を見た。
度肝を抜かれるとはこのことか。
今までで見たこともない、たくさんの星。
その星たちが、手が届くのではないかと思うほど近くに見えているのだ。
圧倒されて、寒さなど忘れてしまった。
私は星に手を伸ばした。
つかめるはずがないのに。
トイレから出てきた従姉妹に、興奮気味に伝える。
従姉妹も星たちを見て感動していた。
普段下界では見れない星もみえているのだろうか。
星ってこんなにたくさんあるんだと実感できた。
次から次へと流れ星も見える。
「たくさん流れるから、願い事し放題だね」
従姉妹と私はそう話しながら、眠気や寒さを忘れて願い事をした。
どんな願い事をしたのか、今はもう忘れてしまったが。
安らかな瞳
私の心は、迷いや不安ばかりだ。
ここ何年も、朝までぐっすり眠れたこともなく、穏やかで落ち着いた気持ちになどなれていない。
そんな私はどんな瞳をしているのだろう?
死を迎えた時、やっと安らかな瞳と言われるのだろうか。