言葉にできない
「言葉にできない」
この言葉は、私は良い意味で使うような気がする。
言葉にできないほどの感動、
言葉にできないような趣のある風景、など。
ただ、今の私には、そんな良い意味で使えそうにない。
今、私の心はすさんでいる。
虚無感、悲嘆、心が折れている。
この胸の内をどう表現したら良いのか。
どうしたら安らかな気持ちを取り戻せるのか。
本を読もう。
私の気持ちが晴れるような本を探しに行こう。
春爛漫
今年は、何年かぶりに満開の桜の花を見た。
しかも、並木をゆっくり歩きながら。
最近では、毎年忙しくしていて、花見といえば車の中から見るだけだった。
気がつけば葉桜になっている、ということもざらにあった。
主人が救急車で運ばれた。
私も慌てて病院へ行く。
深刻な状態ではなく、その日のうちに退院できると言われ、私は、一旦家に帰るため病院を出た。
目の前には、満開の桜並木。
来た時は慌てていて、こんなに素晴らしい桜など眼中になかった。
主人が救急車で運ばれたのは大変だったけれど、大事なく退院できるし、しかも、こんな満開の桜並木を見れるなんて。
こういう時のことわざは、何だったかな?と考える。
「災い転じて福となす」いや、これではない。
「終わり良ければ全て良し」うん、これだな。
誰よりも、ずっと
長年にわたり、同じ会社でパートとして働いている。
出入りの多いこの会社で、気がつけば古株になっていた。
古株は古株なりに、正社員がやらない重労働を担ってきた。
パート仲間のなかでも、私は、進んで重いものを持ち、人よりも歩き回っている。
ただ、悲しいのは、長年続けていると、これらの仕事をやって当たり前と思われてしまう。
いや、違うんだ、と叫びたい。
私だって、重労働は嫌なんだ。
でも、誰かがやらないといけない。
私は、皆んなが嫌がる仕事を率先してやっているんだ。
なのに、古株は次第に老害扱いを受ける。
誰か、私の仕事内容を認めて!。
それだけで私は救われるのに。
沈む夕日
後ほど
君の目を見つめると
君と私は対等だね。
君は私と一緒に遊びたがる。
ママの手の取り合いっこもする。
みかんもバナナも一緒に食べる。
大きな声を出すパパのことは苦手だから、大人しくなる。
ママが帰ってきたら、一緒にお出迎えをする。
私がママを好きなように、君も大好きだよね。
君は話せないけれど、君の目はいつも何かを言おうとしている。
私には遊びたい、ママには甘えたい、パパには近づくな。
楽しい、美味しい、嫌だ…。
君の目は、言葉以上に感情豊かだよ。