あの頃付き合っていた君は今、いったいなにをしているのだろう。
たまに、思い返すことがある。
お互い眩しいほど一途で若くて、愛さえあればなんでもできる、乗り越えられると信じて突き進んで、着いた先は不幸のスタート地点だった。
何度怒りをぶつけ合い、泣き合い、傷つけ合っただろう。
どちらかだけが悪いわけではなかった。ほんのわずかから始まったすれ違いが、気づけば軌道修正の効かないところまで進んでしまっていた。
『もう、いや……もうあなたの顔は見たくない! 消えて、私の前から消えてよ!』
その言葉を叫んだとき、自らもズタズタに切り刻まれていたに違いない。深い悲しみが見え隠れしていたのはきっと、そう。
――これらはすべて、距離を置き、長い時間が経ったからこそ見えたものだ。
今は、少なくとも自分は新たな出会いを迎えて結婚をして、可愛い子どもも授かった。きっと、君と過ごした日々がなければ得られなかった。
会っても仕方ない。向こうは忘れたい過去のままでいたいかもしれない。
それでも叶うなら、今の君を一目でもいいから見てみたいと思う。
お題:君は今
「人間関係って、距離が近すぎるとうまくいかないって言うだろ?」
いきなりなにを言い出すのかこの人は。
「見たいものが近くにありすぎると一部しか見えないだろ? 拡大しすぎたみたいにさ」
「ま、まあ」
最前列の映画館みたいなものだろうか? 一部しか見えないわけではないが、近すぎるのに変わりはない。目も痛くなるし。
「適切な距離感を学んで、初めてその全貌が見える。ここが好き、ここは嫌い。そんなふうにね」
「つまり、なにが言いたいんです?」
よくぞ聞いてくれたと言いたげな、眩しい笑顔が向けられた。……確かさっき告白してきて、私に振られた人ですよね?
「今の僕と君は、ある意味距離が近すぎると思うんだよ」
そう繋がるとは思わなかった。
「だから僕の悪いところしか見えていないんじゃないかな。僕の人となりをもう少し観察していればまた見方が変わるんじゃないかと、そう思うんだよ」
……つまり、このまま振られて終わるわけにはいかないと言いたいのだろうか。普通、もう脈はないと渋々でも受け入れるものだが、よほど諦めが悪いらしい。
「確かに、私はあなたのことよく知らないですね。仕事で絡んだことないし、正直初めて知ったくらいだし」
「だ、だろう?」
胸を押さえているが事実なのだから仕方ない。
「今も無茶苦茶言ってるなーって呆れてもいますし、あなたが言うような奇跡は全く起こりそうにないって思ってもいますけど」
「あ、あくまで予定だろ? 予定は未定と言うじゃないか」
「全く、って言いましたよ」
……なんだか少し楽しくなってきてしまった。この人、変だけど面白い。
「わかりました。ここはベタに『お友達から始めましょう』?」
呆気に取られたように、目を丸くしている。うまくいくとは思わなかった、とでも言いたげだ。
「やっぱりやめようかな……」
「ま、待ってくれ。すまない、君の懐の深さと思いきりのよさを改めて噛み締めていたところだったんだ」
「改めて、って、私たち初対面なのに」
「僕は君のことを好き、だからね」
ずっと物陰から見ていました。つまりそういうことなのに、こうも堂々と言い切られると変な説得力を感じてしまう。
「わかりました。そういうことにしときます」
「本当だぞ? 僕は嘘は嫌いなんだ」
「だからわかりましたって」
少なくともさっきの無関心さはなくなっていた。
どうやら「適切な距離感」に少し近づいたらしい。
お題:0からの
ふと頭上を見上げると、裸だらけの枝に一枚、オレンジの葉がぶら下がっていた。
まるで季節に置いていかれたかのようだが、なぜか眩しく映る。
自然と、スマホのレンズを葉に向けていた。シャッターを切った瞬間、思わず目を瞑る。
そこに葉はいなかった。軌跡を追うように視界を下げていくと、他の枯葉たちの海に沈もうとしている。
しゃがんで掬い上げ、身長と同じくらいの位置にあった枝の生え際に乗せた。
あんなに眩しかったのに、ひどく褪せて見える。
まさに、一瞬の輝きだった。だからこそ目を引いたのかもしれない。
もう一度カメラに収めて、樹の根元にそっと置いた。
お題:枯葉
私がお気に入りのあの服も、アクセサリーも、食べ物も。
みんな「あの子」が絡むと、とたんに憎らしくなってしまうの。
ねえ、どうして私のお気に入り、盗んでいくの?
あなたには手を伸ばさなくったって手に入るものがたくさんあるじゃない。だって「お姫様」だもの。
私は自分で手に入れないといけないの。自分で選ばなきゃ誰も与えてくれない。
私のお気に入りには、もう手を触れないで。
お題:お気に入り
誰よりも傷つきやすい君だから、僕がずっと守るよ。
「ごめんなさい。わたし、いつもあなたに頼ってばかりね。もっと強くならなきゃ」
そう言うけど、なにも気にしなくていいんだ。君に頼られるのは嬉しいし、もちろん負担でもない。君を守るのは僕の当たり前だから。
「わたしもあなたを守りたいの。わたしだってあなたがとても大事なんだよ? だから、ね。わたしを頼ってね」
……違うんだ。
僕は、君を失うのが一番、怖い。生きていられなくなる。
たぶん、誰よりも傷つきやすいのは僕だ。「守る」のは君だけでなく、僕自身も含まれている。
強いフリをしていなければ、夢は果たせない。
「大丈夫。わたしとあなたがいれば無敵よ。なにも心配いらないわ」
ああ、そうか。君にはとっくに見抜かれていたんだね。
彼女の体温に包まれて、凝り固まっていた部分が少しだけ、溶けて消えた。
お題:誰よりも