ひとつぶのしずく

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12/21/2023, 10:27:12 AM

「大空」

あなたが下ばかりを見ているから、
あなたは空に気付かない。

ついつい目の前のことにめいいっぱいになって、
今日も疲れてうなだれてしまう

私は知っている。
朝焼けや夕焼けの心を焦がす美しさも、
青空のすっきりと澄んだ清らかさも、
満月の夜の煌々とする煌びやかさも、
新月の闇夜に息づく星のきらめきも。
全部、あなたが昔の私に教えてくれたから。

雨のあとには虹が見える、
と無邪気な笑顔であなたは教えてくれた。
今度は、私の番。私が、あなたに教える番。

「空を見てごらん。」
あなたが恐る恐る見上げた空。
あなたの目に、光が射す。

12/20/2023, 11:18:31 AM

「ベルの音」


もう、あのベルの音はならない。

そう、思っていた時だった。
ちりん、とあのベルの音が聞こえて。
すぐさまベルの音に駆け寄る僕。
身体に染み付いた習慣。
だけど、心臓がうるさい。

ベルが鳴った部屋を開ける。
僕の目に映ったのは、まだ赤ん坊の女の子だ。

歳に不似合いなぐらい高級で優美なドレス。
だけど、着こなす彼女の顔は彼女の両親に似て高貴だ。
その手には、あのベルが握られている。
「お嬢様、起きていらっしゃったのですね」
僕は彼女に歩み寄り、彼女を抱き抱える。
蝶よりも、花よりも、丁重に。
抱き抱えられた彼女は、僕の目を大きな瞳で見つめた。
「お嬢様…」
僕が執事として仕えていた彼女の両親は事故で亡くなった。
彼女は、それをまだ知らない。
彼女の瞳を見つめ返す。
…知っても理解出来る年齢ではないだろう。
僕以外の召使いはみんな、事故を知って辞めていった。
僕と、彼女の、ふたりぼっち。
でも確かに、ベルを奏でるひとは僕の主人だ。
「お嬢様。僭越ながら私が、今日よりお嬢様の執事を務めます。以後、お見知り置きを。」
彼女は少し視線をさまよわせ、言った。
「よろしくね。」
鈴のような玲瓏な声が、僕の鼓膜を揺らした。

12/20/2023, 8:08:07 AM

「寂しさ」

僕の寂しさは君のカタチ

君を喪ってしまったあの日から、


                   ずっと。


だから、
         おかしいでしょ、って
                  

                  そう言って笑ってよ

12/18/2023, 9:03:27 PM

「冬は一緒に」

君は冬に眠る。
水も食べ物も取らずに冬の間ずっと眠る君は、
さながら「冬眠」のようだった。

今は冬。朝起きた僕の隣には、君の寝顔。
冬の間起きることの無い君は、雪を見ることが出来ない。
眠るだけの君に見とれて外出をしない僕もまた、
雪を見ることはない。

少しだけご飯とかを済ませた僕は、
また布団にもぐりこんで、君の肌を触る。
温かい。

目を閉じる。
君と一緒に冬に眠る。
雪のように、丁寧にこの冬の日々が積もっていく。

12/18/2023, 7:22:34 AM

「とりとめもない話」

ガラス越しに、僕は彼女の顔を見た。
「いつも通り」に彼女の目が僕に留まり、微笑む。
それは、僕と彼女が話せる、という合図だった。

僕は毎日、彼女のもとに通ってとりとめもない話をする。

今日あった出来事。
昨日驚いたり、発見したりしたこと。
近所の公園で子どもがどんな遊びをしてたか、とか。
彼女は僕の話を、うん、うん、と頷き、
ときには、まだ少女らしさの残る笑顔で花の咲くように笑った。

彼女は自分の話をしなかった。
だけど、時々とても遠くを見るような目をしていた。
彼女には部屋が与えられていたけれど、
逆に言うと、その部屋が彼女の見える世界の全てだった。
だからだろうか、彼女は外の世界の話をすると
微笑む回数が多い気がした。

ときどき彼女のもとへ行っても、彼女は眠っていた。

せめてと、僕は来た事の証としてバラを置いて行った。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。
彼女と話せる日は、それに反比例するように減っていった。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ…
バラはいつしか、99本になって。
その日をはかったように、彼女は起きていた。

少女のように輝いた目をする白髪混じりの女性。
今日も僕は彼女にとりとめもない話をする。
彼女は黙って僕の話を聴き、
ときには、しわくちゃの顔で嬉しそうに笑った。

彼女は、僕の話を聞き終わるまで起きてくれる。
だから僕は、とりとめのない話を永遠にしていたいんだ。



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