「とりとめもない話」
ガラス越しに、僕は彼女の顔を見た。
「いつも通り」に彼女の目が僕に留まり、微笑む。
それは、僕と彼女が話せる、という合図だった。
僕は毎日、彼女のもとに通ってとりとめもない話をする。
今日あった出来事。
昨日驚いたり、発見したりしたこと。
近所の公園で子どもがどんな遊びをしてたか、とか。
彼女は僕の話を、うん、うん、と頷き、
ときには、まだ少女らしさの残る笑顔で花の咲くように笑った。
彼女は自分の話をしなかった。
だけど、時々とても遠くを見るような目をしていた。
彼女には部屋が与えられていたけれど、
逆に言うと、その部屋が彼女の見える世界の全てだった。
だからだろうか、彼女は外の世界の話をすると
微笑む回数が多い気がした。
ときどき彼女のもとへ行っても、彼女は眠っていた。
せめてと、僕は来た事の証としてバラを置いて行った。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。
彼女と話せる日は、それに反比例するように減っていった。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ…
バラはいつしか、99本になって。
その日をはかったように、彼女は起きていた。
少女のように輝いた目をする白髪混じりの女性。
今日も僕は彼女にとりとめもない話をする。
彼女は黙って僕の話を聴き、
ときには、しわくちゃの顔で嬉しそうに笑った。
彼女は、僕の話を聞き終わるまで起きてくれる。
だから僕は、とりとめのない話を永遠にしていたいんだ。
12/18/2023, 7:22:34 AM