「ベルの音」
もう、あのベルの音はならない。
そう、思っていた時だった。
ちりん、とあのベルの音が聞こえて。
すぐさまベルの音に駆け寄る僕。
身体に染み付いた習慣。
だけど、心臓がうるさい。
ベルが鳴った部屋を開ける。
僕の目に映ったのは、まだ赤ん坊の女の子だ。
歳に不似合いなぐらい高級で優美なドレス。
だけど、着こなす彼女の顔は彼女の両親に似て高貴だ。
その手には、あのベルが握られている。
「お嬢様、起きていらっしゃったのですね」
僕は彼女に歩み寄り、彼女を抱き抱える。
蝶よりも、花よりも、丁重に。
抱き抱えられた彼女は、僕の目を大きな瞳で見つめた。
「お嬢様…」
僕が執事として仕えていた彼女の両親は事故で亡くなった。
彼女は、それをまだ知らない。
彼女の瞳を見つめ返す。
…知っても理解出来る年齢ではないだろう。
僕以外の召使いはみんな、事故を知って辞めていった。
僕と、彼女の、ふたりぼっち。
でも確かに、ベルを奏でるひとは僕の主人だ。
「お嬢様。僭越ながら私が、今日よりお嬢様の執事を務めます。以後、お見知り置きを。」
彼女は少し視線をさまよわせ、言った。
「よろしくね。」
鈴のような玲瓏な声が、僕の鼓膜を揺らした。
12/20/2023, 11:18:31 AM