愛するが故に、離れた。
胸が締め付けられる日々だった。
苦しかった。どうにかなってしまいそうだった。
伝えた方が良いのではないかと何度も考えた。
でもできなかった。
何故なら、彼の幸せは私との愛ではないからだ。
今はそれで良いと思ってる。
愛だったから、離れることができたのだ。
「愛する それ故に」
父はもう喋る事もできず、目は開いてどこかを見ているのか、見えていないのか、視点は定まらず、口は開いたまま浅い波のような息をしている。
朝に診察に来た医師は
「昼頃が山場でしょう。写真やいつも着ている服など用意しておいた方がいいです。」
私はびっくりした。
一昨日まで座って喋ってましたよ、と。
座って喋っていたのに、あれよあれよという間に容態が悪化して、往診を頼んだのだけど…
こんなに早く迎えが来るのかと…。
午後8時。
状況は変わらないまま。
私はベッドの横のサイドボードに寄りかかり畳の上にぺたっりと座っていた。
なるべく父の近くがいいから。
電話が鳴る。
昼の医師だ。夜になったので気にかけてくれたのだ。
「状況はあまり変わりません。はい、何かあったら電話します。」
そう言って、私が受話器を置くか置かないかの時、父の呼吸が変わった。
あれ?もしかしたら…
父の軽動脈あたりに手を添える。
最後まで父の温もりを…。
弱く脈打つ…
トク……トク……トク………トク…………ト…………
止まった。
父の71年間の生命が終わった。
身体からエネルギーが抜けて、無くなった。
周りにいた親戚の泣き声、慌てふためいてる人達、物体のみとなった父に、代わる代わる父に声をかけてゆく。
私はその様子を、ただ静かに静かに見ていた。
「静寂の中心」
新芽が出て育ち、青々と茂った葉。
燃えるように見えるのは季節が深まったから。
赤く色づいたら、枯れていく。
このサイクルは人生と似ているかも。
わたしも地球の生きもの、自然のもの。
生まれてから半世紀。
もう終焉に向けて歩んでいると思ってたけど、季節にしたらまだ私は燃ゆる時にいるのだ。
私はどんな赤をしているのだろう。
鮮やかで深い色になれたらいいなぁ。
お題「燃える葉」
ここは地球から数十光年離れたコロニー惑星
「オーロラ星」
人類は地球外でも住める場所を求めて、開拓しているのがこの星だ。
地球にもまだ多くの人が暮らしている。
地球では環境破壊が進み、人間が住めなくなってる地域が広がってきたため、急ピッチで他の惑星の開拓が進んでいるというわけだ。
オーロラ星では太陽光が強く、昼夜の区別がない。
人々は人工の眠りに身を預けている。
地球とは遊星通信で繋がっていて、そこからは懐かしい地球の暮らしが届く。
地球から派遣された開拓団が住む街の外れにこじんまりとした小さな店がある。
店の名は
“BAR moon light”
夜のない星で夜に想いを馳せることのできる唯一の店。
街の人は時折地球時代を懐かしみ、店に立ち寄る。
店主の名は、水凪月夜。
夜のない街で、夜の居場所を作っている。
「moon right」
「ねぇ〜ママ、いいでしょ?きょうだけ。だってみーちゃんは、おゆうぎかいも、はいしゃさんもハミガキもがんばってるよ。」
4歳になる娘に虫歯が見つかったので、大好きなチョコレートを禁止して一ヶ月。
今日は園のお遊戯会だった。
孫の活躍を楽しみに張り切って見に来た義母が、娘にご褒美を持ってきた。
かわいい動物のパッケージのそれは、娘が大好きなチョコレートだ。
「やったー!ばあばありがとう!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ娘。
その場はなんとか誤魔化して家まで持ち帰ってきたが、彼女がそれを忘れるわけがない。
それで懇願されているわけだ。
まだ治療中だし、できれば食べさせたくないけど…
頑張って歯科にも行ってるしな…義母もせっかく買ってきてくれたしな…
「じゃあみーちゃん、今日はお遊戯会頑張ったし、歯医者さんも歯磨きも頑張ってるから、今日は特別ね。一個だけにしようね。」
私が話終わるより前に娘は満面の笑顔になり、チョコレートが置いてあるテーブルまで走っていく。
箱からチョコレートを一つ出して娘の手のひらに乗せると、早速口の中に放り込み
「おいひ〜」
と、笑顔をこぼす。
その素直な笑顔を見て、
まあ今日だけはいっかと、私の顔もほころんだ。
******
ここまで書いて、大きくため息を吐く。
“今日だけ許して”かぁ…
リカは、持っていたスマホをベッドに放り投げ、ゴロンと仰向けになり天井を見る。
“なんか書いてみようと思って始めたけど、毎日のお題がけっこう思いつかないよな。若ければもっと思いついたのかなぁ。”
“だいたいさ、今日だけ許してなんて、お題が不埒なことばかり思いついちゃうし、それ以外だと食べ物のことくらいしか案が出てこないわ”
“甘いものを自分で禁止してもすぐ許して食べちゃゃうし、だいたい全部許しちゃうし。今日のお題はなんだか気まずかったわ”
“はぁ。でもなんとか書けたからいいや。だいたいこれだって見られてるかもわからないし。書く練習だし”
しばらく天井を見つめて今日のお題の反省会をしていたリカはハッと思い出したように起き上がる。
“そうだ!冷蔵庫にエクレアがあったんだ。あんまりお腹空いてないけど…書くこと頑張ってるし…食べちゃおうかな!”
そうと決まれば冷蔵庫に足早に向かう。
“だってお題がそうなんだから、私だってやっていいよね。今日だけ許して…”
「今日だけ許して」