hikari

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9/10/2025, 3:17:09 PM


 目を開けると、私はカーテンで仕切られたシャワールームの中にいた。鎖骨にかけてシャワーの水が私の方へとやや緩やかな弧を描いて流れている。私の長い黒髪は濡れてオールバックのように前髪は後ろに流れていた。視線を下に落とすと、薄桃色の膝下まであるキャミスリップはぴったりと私の身体に張り付いて、少し気持ち悪かった。何気なく手の内側を見た。いつも通りの骨貼った私の手は、薄暗く青白い室内の蛍光灯に照らされていつもよりもさらに白く見えていた。わずか1畳ほどに仕切られたカーテンの色味や、排水溝とその周りのタイルの色が薄緑や青みがかった色であったことから、どことなく病院や手術室を連想した。
 どうしてこんなところにいるんだろう、と、重く稼働しない脳みそを働かせてみた。が、やっぱりうまく考えられず、床下の排水溝だけをぼーっと眺めていた。
 すると、左側からうっすらと人の気配がした。
 人がいる。さっきまで全く感じなかった人の気配が、一枚薄く隔てたカーテンの先に感じる。すると、直前までシャワーの音すら意識していなかったのに、まるで聴覚を新しく備え付けられたように隣の人物の声が聞こえた。はっきりとはその内容を確認することができなかったが、女であることはわかった。
 私は、心拍数を跳ね上がらせながら、そして不思議と抵抗はなく、そのシャワーカーテンを移動させた。そこにいたのは、40代くらいの髪をお団子に低くまとめた女だった。化粧はしていなかった。無地の長袖を肘まで巻くしあげて、膝下までのスカートを履いていた。足は裸足だった。そして、奇妙なことに、右手に大きな布の袋をぶら下げていた。布は、シャワーとは別の何かによって色濃く濡れていた。私は、それがなんなのか尋ねずとも、理解した。不思議と、それはヒトの臓器であることを、理解していた。
 私は、カタカタと指先が小刻みに震わせていた。だんだんと手足の先からずーっと血の気が引いてきて、体の芯まで冷めていくような感覚になる。そして内側から振動のように震えがやってきて、やがてそれは唇に伝わっていった。
 女は、まるでビジネスかのような口ぶりで話しながら、顔色ひとつ変えず私に近づいてきた。
 「だんだん、楽になります。汚さず、綺麗なままです。色も、つきません。最後まで、清潔で、終わります。」
女は、スカートのポケットから小さな針を取り出した。そして、それを私の首元にチクリと刺した。
 私は、たったそれだけで死ぬはずのない針だと視覚で捉えながら、必ず私は死ぬのだということがわかった。そして、目には見えないが、チクリと刺した首の穴から、すーっと血が流れていくのを感じていた。きっとこの穴は塞がらない。血は止まらない。この血が限度までたどり着いたときが自分の終わりなのだ。
 私はこれから迫る死への恐怖をただただ感じていた。気がつくと、女はどこかへ消えていなくなっていた。先ほどまであった複数にも仕切られていたシャワールームは一部屋しかなくなり、シャワーの水も止まっていた。
 私はシャワールームを飛び出して、服を着替えた。何度も何度も首元を触った。たった小さな数ミリの穴なのに、ベッタリと両手に真っ赤な血がついていた。
 それなのに、白いアウターには一滴の血もついていなかった。なんとなく死ぬことがわかっていて、それを恐れているのに、私は頭の中で自分の服が汚れないか、大学のゼミの課題のことばかり考えていた。

という夢を見た。今日。
めちゃくちゃ目覚め悪い夢だったー。

7/31/2025, 3:53:09 PM

お題関係なし 創作小説

私はカナリヤ

問題というのは複雑に絡み合っていてそれをひとつひとつ解いていくのは難しい。誰に相談しようとしたって、それを言葉にして理解してもらおうという精神性と姿勢と社交性が必要なのだ。また、それらは理解力という大きな土台のもとに成り立っている。そのように能動的に問題に立ち向かって生きようとすることを「自立」と呼ぶのを、私は最近知った。

「佐竹さん、これ前にも言ったよね?」
「すみません…」

複合機の新しい使い方のマニュアルがどうしても覚えられない。複合機に限った話ではないが、特段覚えられないのだ。AI導入に際して、複合機もスキャンして送って、コピーして、ああ、あれ、どこを、どうすればいいんだっけ、なんて考えていたらあっという間に時間が過ぎてしまう。

単に「覚えが悪い」と言っても、これにも複雑な経緯があるのだ。そう、まずあれは10年前…、物心つく時から私は…なんて、自分史を語りたくなる感情をグッと抑える。そんなことを話したら、終わる。間違いなく社会的に終わる。それを口に出さぬことを、「大人」といい、「社会人マナー」という。そんなことも、私が知ったのは、最近だった。

目の前の上司は、はぁ、と深いため息をついた。
メモ、した方がいいですよ、と呆れた口調で話したあと自分の席に戻って行った。私は、私と同じように使い勝手の悪そうな複合機の『ガガガ』という鈍臭い音のことばかり気にしていた。怒られた時はいつも焦り過ぎてすぐに他のことを考えてしまう。なのに、しばらく経って1人になると、克明にそのことを思い出してひとり反省会を催すのだ。神様、私の脳は一体どうなっているのですか?

***

19時17分発の電車に乗って、20時20分には家に帰宅した。通勤時間の長さは不幸感と比例するというが、まったく同感だ。これで会社に行けていることがまず自分を褒め称える第一要素である。

どっと疲れた体のまま床に座る。
汗臭いスーツを脱ぎ捨てて、ストッキングを脱ぐ。ピリッという痛さを感じて足を見ると、小指の爪が削れてほぼなくなっていた。かかとには小さな水ぶくれができていて、靴を変えることよりも私の足が適応することを祈った。もうかれこれ、半年は履いてる靴だけど。

トイレでも行こう、と立ち上がった時。
右側の子宮に鈍痛があった。あれ、そういえば、と思い、生理予定日を管理するアプリを開いた。

「3ヶ月……きてない」

生理不順は元々よくある方だった。普段はいつかくるっしょ、なんて軽く考えていたが、最近身体的な変化を感じるのである。体重は増えたし、体毛も濃くなった。なんとなく、自分から女性ホルモンを感じない。いや、本当は昔からそうだったが、顕著に気になるようになってきたのだ。

明日、病院でも行ってみよう。

そう思いながら洗面所で自分の顔をチェックしたとき、スマホがブーブーとなった。

 
「もしもし」
『あーもしもし、香苗?』
「なに?急に」

電話の相手は遠方に住む母からだった。

『なーんにも。元気にしてるかなって。仕事なれた?』
「あー」

ぼちぼち。と、返した。

7/27/2025, 3:44:02 PM

オアシス


私のオアシス。

毎日の5分の積み重ね。
本とか、筋トレとか、勉強とか。
つまんなくて、ダサくて、しょうもない集中力の5分。

けど、誰にも奪われない、消費されない、真似もできない、私のオアシス。

5/26/2025, 3:57:02 PM

君の名前を呼んだ日

若いころ、恋愛をするたびにいつも思っていた。
この人は、顔のここがいい、とか、
学歴とか、キャリアとか。
だって、それは、私に自信がないから。
顔だってイマイチで、勉強も、全然得意じゃない。
強いて良さを言えば、負けず嫌い。だけど、負け好きの人間なんて、いるのかしら。

そんな私だから、恋愛なんてもちろんうまくいかない。
恋愛どころか、パートナーシップ全てがうまくいかない。うまくいくわけがない。原因は自分にあることなんてとっくにわかっているけど、私は傷つきたくないし自分を認めたくないの。それぐらいなら、いい遺伝子でも残して、1人になってもいい。一生この罰と罪悪感を背負ってでも、私はこれから産まれてくる私の子どもに、私の存在を相殺させるものを引き継ぐんだから。

そんな不健康なことを、毎日考えていた。
それなのに、私は同時に、こんなことも考えていた。
女の子が生まれたら、「紅葉」がいい。秋に生まれたら、もっといい。紅葉が、私は1番すきだから。でも名前なんて、なんでもいい。意味なんて含めなくていい。いちばん軽やかで、無意味なことが、きっと価値があるから。

私は、大きく膨らんだお腹を撫でながら、ひとり、過去に散々考えてきたことを思い返していた。

でも、きっと。私はこの子にも、重い重い十字架を背負わせながら生かせてしまうのだろうか。他人と比較して、勝つか負けるか、損なのか得なのか。そんなことしか、言う事ができないのだろうか。

あれほどまでに誓った、「私のような人間は子を望んではいけない」という強い想いとは裏腹に、いつも私は、1人でも子供を育てられるように、子どもを産めるように、という根底の願望に逆らえずに生きてきた。そのために、生きるように、してしまった。私はいろんな感情がぐちゃぐちゃになって、涙が出てきた。
ただ、嬉しい、という気持ちだけは、本当だった。

心だけ置いていく毎日に、時間はいつも通りすぎていった。

横には、産まれたばかりの娘がいる。
私は、娘の名前を呼んだ。
娘は、特に反応せず、すやすやと眠っている。
ただ、娘の名前を声に、音にだしたとき、
世界が天国の日差しのように暖かく包まれていると思った。



5/22/2025, 4:39:40 PM

昨日と違う私

月一のまつげパーマと、眉毛ワックス、髪も整えて、完璧。昨日の見てられない私は、今日、結構見てられる私になった。

「変わったね」

それが何よりの褒め言葉だ。
忌々しい思春期の中学時代なんておさらば。
あの時の地獄なんて、もうない。
あの頃の私は死んだのだ。

私は金をかけた容姿のまま、家に帰った。
空は晴天なのに、
買い物すらいかなかった。
香水は、最初の香りが弾けて、甘ったるい重めの香りが部屋を充満させている。

私はテレビをつけた。
チャンネルを次々と変えて、
「なぁに、おもしろくない」
と適当に悪態をついた。
そろそろ、もう、配信アプリでドラマでも見ようかなと思ったとき、
昔見ていた野球アニメが流れた。

なんでこんな不自然な時間に。と思ったら、
夏休み特別企画、と、番組情報に書かれていた。

ま、これでいいか、とその懐かしいアニメをつけたままにした。アニメなんて、何年ぶりだろう。

私はそうめんを茹でて、適当に麺つゆを薄めた。
卵を入れて、七味をかける。これが最高。
私はズルズルと麺をすすった。画面には、知っている内容の話が進んでいく。

ワンシーズンが終わり、
気がつくと、夜になっていた。

あれ、面白い。

あれ、わたし、これ、

「すきだわ」

と、つぶやいた。

誰もいない1Kに、声は溶けていく。

私は右手にある全身鏡に目を向けた。
整えられた眉とまつ毛と、艶々の髪を触った。

よかった、私はあの頃から変わっている。
毎日、毎日、私は少しずつ変化している。大丈夫。

だけど、これでもう見れないエンディングの歌が
酷く名残惜しかった。

「なんにも、変わってないね」

私は胸の高揚を感じていた。

誰にも見られていない、
誰にも感じられない、
誰にもわからない、
密かな私の「こころ」は、
あの頃の私が今でも私の中に存在していることを
証明していた。



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