#三日月
むしゃっ。
齧り付いたまん丸の柏餅
もちもちの食感を
ゴクり
「はぁ... ... うまぁ。」
もう一個齧り付いて気付く。
「お前は美味そうな三日月だ。」
良いな。
美味い餅は美味そうな三日月にもなれる。
さておき俺は。
飯食ってねぇけど、まぁ。
コレ食ったから良いだろ。
さ、寝るか。
今日はもう何もしたくねぇ。
#雪
「そこ、寒いっしょ。」
「君がコーヒーを持って来てくれるのを待ってたんだよ。」
「それはそれは。お待たせした?」
「少しね。」
コーヒーを側の椅子に置くと、手を握り合った。
「ふぅん、可哀想に。君の指が俺のせいで冷たくなってる。」
「可哀想って言う割に顔が笑ってるようだけど。」
とりわけ器用なソイツは指先でチラチラ振る雪の結晶を一欠片指先にピシリと留めた。
「それ素敵。」
「ニンゲンには出来ない芸当っしょ。」
「だけどコーヒーが冷めそう。」
「おっと。それじゃ中へ戻らないと。」
パキン、と指先の結晶を弾いてコーヒーのトレイを持つ。
反対の手で人間の妻の手を握り部屋へ戻って行く。
此処は魔王城
今は彼の気まぐれで雪を降らせている。
彼の妻が故郷の季節を好むからだ。
「可愛いひと。」
妻もそんな魔王を気に入ってる。
#君と一緒に
君と一緒に渡る運河は美しかろう
君と食む空気はふわりと香る綿飴で
舌で溶けてしまうのが惜しい
けれど此処はボートの上だから
君と私で鼻先を擦り合わせ
微笑むだけで楽しくて
「あ。」
うっかり顔を近付けてしまった
口付けを強請る様に君の顔を覗き込んで
あと一寸と言うところで
冷たい風が頬を張る
「ダメですよ。そう言うことは家に帰ってから」
「すまない、」
慌てて格好を正す私のネクタイを
君が指先で締めてくれる
「帰ったら幾らでも、良いですから」
消え入りそうな小さな声でそう言うので
私はせっかく整えた格好が
またしだり、と崩れるのが分かった
美しい運河は目にも入らず
この寒空のボートで
只、君ばかり見ていた
#冬晴れ
ふと、そうだな。
3年に1度か、5年に1度くらい
あぁ、多分大丈夫だ。
と思える日がある
日々を消費するだけで終わる、
今日が何日で何曜日で何の日なのかなんて事には関与せず、こなし続けるそんな日が。
ふと、ある日偶然に。
やって来る。
もう怖いことはないと思える今日。
初めて日記を付けようと思った。
仕事帰りに100円ショップで気に入った柄の手帳を買う。
普通のカレンダー手帳。
予定を書く筈のその小さなマスに文字を入れる。
「ふふっ、いい感じ。」
明日が少し楽しみになって来た。
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冬晴れの1日でした
凄い晴れなのに凄い寒かったです
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#幸せとは
「何にも脅かされない減ることのない快楽」
例えば
楽しみに買ってしまっておいたアイス
一瞬しかない正月休みを乗り越え
今日を終えた私へのご褒美を食べる
その瞬間の快楽が、減った。
「速やかな自首を薦めますが?」
もしこんな事が続くなら、
私のささやかな快楽が"脅かされる"状態になる。
今、手を打たなくては。
「あーー弁明があります。」
「先に代案を求めます。」
私は怒っていた。
何時もならファミリーパックのアイスを買う。
あなたも私も食べるからだ。
けど、あのアイスだけは特別だった。
たったひとつだけ冷凍庫に忍ばせた
私のご褒美だったのにっ、!
すると、ソファをスタッと立ち上がり寝室へ。
クローゼットを開ける音がして、何かを手に戻って来た。
「昼過ぎに、出来たんだ。かなり良い出来。絶対似合うし、手触りもサイズ感も今までに無い位良い感じで、気付いたら昼過ぎてて、飯食ってなくて、そしたら美味そうなアイスを見付けて思わず。」
革小物を作るこの人は、ここ最近唸りっぱなしで良いデザインが降ってこない、と悩んでた。
それが一昨日から作業部屋に篭ってたから、てっきり別の注文をこなしてると思ってたけど。
結婚してから毎年、財布を作ってくれる。
確かに、今年のこれは今までよりずっと洗練されたデザインな気がする。
分かんないけど。
丸いデザインとファスナーの摘みが可愛い。
「気に入った?」
「うん。可愛い。」
「それで、代案のアイスなんだけど。俺着替えてくるから一緒に行きませんか。金は出すから、実際財布に入れて出す所とか、使ってるとこが見たい。あと、今日星がめっちゃ見えるってラジオが言ってた。」
「つまり?」
「良い物が出来て浮かれてるから、嫁とデートしたいデスすみませんっ。」
これじゃ怒るに怒れないじゃ無いか。
「カッコいい服にしてね。作業着にダウンは嫌。」
「分かった!」
慌て過ぎて壁にぶつかりそうになってる。
よっぽど嬉しかったんだろうな。
「ふっ、大型犬みたい。」