可愛い子には旅をさせよ
そんな言葉にならって娘を送り出した
ちょっとした小旅行
おじいちゃんおばあちゃんちへおつかい
多分今頃駅に居て、ドキドキしながら電車を待ってる
電車に乗ったら外の景色を見てきっと感動してる
おばあちゃんにはお迎えをお願いしたから
きっと向こうに着いたら再会に大喜びしてるんだろう
おばあちゃんはきっと甘やかすから
お菓子を貰っていっぱい遊んで、夜はぐっすり眠るんだろう
おじいちゃんは料理上手だから美味しいご飯を作ってくれる
娘はきっと食べすぎちゃうだろうなぁ
明日になったら3人でショッピングに行って
玩具を買って、フードコートでアイスも食べてたりして
でも娘は寂しがり屋だから
帰る頃には二人と離れるのは寂しくて泣いちゃうかも
家に帰ってきて「ただいま!」って
思い出話をいっぱい持って帰ってくる
娘が成長して帰ってくるのがとても楽しみ
娘の旅の光景が脳裏にどんどん浮かび上がってくる
「ふふっ、私も寂しがり屋なんだなぁ」
まだ娘が家を出て、1時間も経っていないのに
もう帰ってくるのが待ち遠しくなってる私
ブーブー
そんな時電話がなった
知らない番号だ
「あなたの娘が車に轢かれた」
電話の内容を聞いて、驚く私
病院に急いで向かう
きっと大丈夫
娘はケロッとしてるはず
「おばあちゃんちに行くの!」
なんて言ってお医者さんを困らせてるかもしれない
娘は無事だと、娘の元気な姿を思い続ける
病院に辿り着き、娘と再開する
そこに居たのは傷だらけの娘
目は開かず、一言も話さない
これは夢だ
きっと今ごろ娘は電車に乗っているのだと
脳裏にいる娘こそ真実なのだと
しかし現実は裏返ることはなく
ただただそこには旅から帰らぬ娘がいた
そして私は理解した
可愛い子には旅をさせても、その終着地は誰にも分からないのだと
我ら流浪の民は行先も分からず進み続ける
ある日は灼熱の砂漠を
ある日は極寒の吹雪の中を
ある日は険しい山々を
ある日は滅びた街中を
どこに行っても水も食料もなく
定住できる場所などどこにもない
しかし我らはそれを探して歩き続ける
我らは歩き始めて百何十年
水を見つけても汚染されており飲めず
食料は雑草と虫のみ
歩けぬものは置いていく
父を母を祖父を祖母を兄弟を
我らはそれでも歩まなければならない
我らは必ず辿り着くのだ
必ずある楽園へ
「あなたはだあれ?」
君はあの日そう言って声をかけてくれた
「あなたはどこに住んでるの?」
君はあの日私の家に来てくれた
「あなたは何が好きなの?」
君は僕の誕生日、僕の好きな味のケーキを作ってくれた
「あなたの趣味は?」
君は一緒に旅行に行ってくれた
「あなたはどこ?」
君は喧嘩した僕を追いかけてくれた
「あなたは私が好き?」
君は僕の手を握ってくれた
「あなたはいつ帰ってくるの?」
君は僕の帰りを待っていてくれた
「あなたは大丈夫なの?」
僕の病気を心配してくれた
「あなたはいつも私と一緒なのね?」
君は皺の増えた僕の手をそう言いながら握ってくれた
「あなたはだあれ?」
君はそう言って、君を愛する僕を見ていた
私は雫あの降り注ぐ雨の1粒
雨が降り、私は落ちて土に還る
そして、川を流れ、私は海に帰る
それを繰り返す、私こそが水である
私はどこにでもいる
あの山にもあの町にも
私は水である
長く長く長い旅をして、長く長く引きこもる
私はあそこにも居て、そこにもいる
ほら、君の足元にも
水になった私は空を駆けることだって、道を走ることだってできる
私は何よりも自由な存在
迷う、迷い続けるこのトンネルの中で
出口の見えないこのトンネルで一晩過ごした後に
私はよく道を分からなくなってしまった
(あー、ここで終わりか)
なんて思っていると音がする
ぽちゃりぽちゃりと
歩くその音に向かって歩く、それしか手がかりがないから
ぽちゃりぽちゃり
まだ音はしている、まだそこに希望はある
音が近づいている
光は見えなくても、音が見える
少し前の自分では考えられないほど足が進んでいる
ぽちゃりぽちゃり
その姿がうっすらと見えてきた
そこは次の道であった
水が滴っているだけの何も舗装もされていない、ただの坑道
また、ここ歩かなければいいのか
出口を探してまた重くなった足を動かし続ける