『どうして』
仕事が終わり、推しの配信を見ながら彼氏の待つ家に帰ると見たことの無いない赤いハイヒールがあった。私は派手な色は使わないから自分のものでは無いことが一目で分かった。そっか。分かっちゃった。最近冷たくなったのも、知らない化粧品や女物の服があったのも、スマホを持ち歩いたり隠すようになったのも、部屋に篭もるようになったのも、今まで読んでいることを嫌がっていた男の娘の、私の好きな漫画に文句をつけなくなったのも。そっか。私のせいだったんだ。
彼氏の部屋のドアをほんの少し開けると、そこにはよく知った顔があった。部屋に響く彼の声と、スマホから聴こえる声がとても尊く動画を撮る手が震えた。それと同時に言ってくれなかったことが悔しかった。私はまだ信用して貰えないのかな……。
『夢を見てたい』
父と母が手を繋ぎ、僕は妹と一緒にゲームをしている。
そうか、これが普通の家族なんだ。ああ、母さんが笑っているのを見るなんていつぶりだろうか。あんな幸せそうな顔は初めて見たよ。
叶うのならば、こんな幸せな夢を見ていたい。
『ずっとこのまま』
ねえ、私たちずっと一緒にいられるよね?明日も明後日も、1年後も、10年後も、100年後も。
違うよ。私たちは来世でも一緒だよ。
そうだったそうだった。来世もその次の世界でもずっと一緒だもんね。
うん。そうだよ。私たちはずっと一緒。今までもこれからも。
だからどうか、今はずっとこのままでいさせて。
……速報で……病…入院中の少女………誘拐……犯人がたった今逮捕されました。少女は怪我……なく、警察…保護………。犯人…動機………愛……るとの事でした。警察は引き続き捜査をするとの事でした。
雑音混じりのテレビから聞こえてくる音が私を現実に戻す。
誘拐犯と不治の病に冒された哀れな少女。でも、それ以前に私たちは互いに愛し合っていた。世間から絶対に認められない、穢れのない、無垢なる恋だ。最初は認められようと頑張った。何度も説明をして説得しようとした。それでもダメだった。だから逃げた。誰にも気付かれないように彼女を病院から連れ出し、誰も知らない所へ逃げた。本当はずっと世間から逃げ続けるはずだったけれど、彼女の容態が急変したから病院に戻った。彼女は逃げようと言ったけれど私にはそれが出来なかった。
私に下された刑は無期禁固計だった。彼女は私のせいで亡くなったのだから当然だろう。
看守から彼女が亡くなったことを聞いた時は私も死のうと思った。そして彼女に会いに逝こうと思った。それでも今も生き続けているのは、彼女が最期に言った
「私を連れ出してくれてありがとう。これからもずっと一緒だよ」という言葉があったからだ。
彼女を連れ出したことを後悔した事はなかった。私の後悔は、出来もしない約束をしたことだ。最初から彼女とずっと一緒にいることは無理だとわかっていた。ずっと、これ以上生きられない彼女のために着いた嘘だと言い訳をしていたに過ぎなかった。
きっと彼女は許してくれないだろうがそれでいい。これからずっと後悔して、彼女との大切な思い出を抱いて残りの刑期を過ごそう。それで、そうだな。いつの日か彼女に会えたらちゃんと謝ろう。そして、今度こそ一緒にいようと言おう。
私はいつまでも待っているから、本当に今度こそ一緒にいてね。
『寒さが身に染みて』
あと少し手を伸ばせば掴めるのに、やっぱり私は臆病だ。
冷たい風が頬を刺す。泣かないよう必死に我慢していたのに
、乾燥していく心と比べて瞳は潤っていく。
どうして泣いてるの?
泣いてないよ。風が強くて目が乾燥しちゃっただけだよ。
あの時、逃げないで素直に言えばよかったのかな。手を繋ぎたいって、寒いから貴方と手をつなげる関係になりたいって言ったら手を繋いでくれたかな?
1人で家に帰る10分間がまるで1年のように感じるなんて。吹き付ける風のせいで涙が止まらないよ。
『20歳』
成人式なんて別に興味なかった。なんて、いかにも「気合い入れて来ました」っていう格好をした俺が言っても誰も信じてくれないだろう。興味が無いのは本当だし、行かなくていいのなら来たくもなかった。俺がわざわざ気合を入れて来た目的は‘’あいつ”に会うことだから。なんでも、1度も日に焼けたことがないような肌にサラサラな黒髪。極めつけに、今にも消えそうな儚げな印象を持たせる二つの目をしたやつらしい。つまり俺と真逆なやつだ。
式も終わり、いよいよ待ち合わせの時間が迫ってくる。俺にしては珍しく緊張しているし、何なら手汗が酷い。
ーーー…?
待ち合わせの時間ちょうどに革靴をカツカツと鳴らし、俺の名前を呼びながらあいつは来た。母さんの言った通り、サラサラの黒髪に儚い印象をしている。1つ違う所があるとするなら真っ白を通り越して真っ青な顔色をしている事だろう。
ーーー……?
なんて考えていると、あいつは不安そうな顔で俺の方を見てきた。
ああ、それは俺の名前で合ってる。じゃあ、あんたが…。
「やっと会えたな。」
そう言って俺は、生まれて初めて会う双子の弟の手を取った。