暗い世界を見上げて、思う。
逝ってしまったなぁ、と。
あまりにも唐突で、どうしてなのかと考えもするけれど、それに意味はないし、答えもありはしないのだろう。
君の笑った顔が好きだった。
そこに花が咲き乱れるような、そんな笑顔だった。
君を中心に誰もが笑っていて、そんな君と家族になれたのがとても嬉しかった。
君が咲かせる花を、君と一緒に守り続けて行きたかった。
約束を違えはしない、僕は、泣かないよ。
どれだけ悲しくても、苦しくても、辛くても、泣かないと誓う。
だから、君ももう泣かないでほしい。
君には笑顔が似合うし、君の周りにはまだまだたくさん、君を支えてくれる人がいる。
だから、君はどうか笑ってほしい、いつか笑える日が来たらで構わないから。
また、その花を咲かせてほしい。
君を置いて逝ってしまう、僕からの最後の願いだ。
だからどうかもう、僕のために泣かないでおくれ。
僕に会えて良かったと、笑っておくれ。
……ごめんね。
アリの行列を見るのが怖かった。
死骸に沸くウジを見るのが怖かった。
怖くて怖くて、目が離せなかった。
そんな様子を見て、周りの子たちは私のことを気味悪がった、助けてほしくてもそんなことは言い出せず、ただ一人その恐怖を堪えていた。
ある時、そんな私の手をとって連れ出してくれる男の子に出会った。
手を差し出して、そんなもの見てないで僕と遊びに行こうよと言う。
今にして思えば、君は私のことに気がついていたんだよね。
あのときの君の声は震えてた、今ならそう気づける。
私は手をとって、君に釣れられて逃げることを選んだ。
君が助けてくれたから、私は今、私でいられるんだよ。
ありがとう。
子供の頃、クラスに一人の女の子がいた。
いつもアリの行列や動物の死骸にたかるウジを見て、薄く薄く笑っていた。
怖い目だった。
みんな怖がる中、僕は彼女にそんな顔をさせたくなくて、勇気を出して手を伸ばした。
もっと楽しいことをしよう、そんなものがいない場所に行こう、そうやって連れ出していたら、いつしかそんな顔はしなくなっていた。
僕は気づいている。
あれは好きなのでも、興味があるのでもない。
いつでも踏み潰せる、好き勝手蹂躙できる、そんな気持ちを押し殺している顔だった。
怖くて怖くて仕方なくて、だからそんなことをさせないように連れ回したんだ。
今君は、僕の隣で僕たちの子供抱えて笑っている。
その子供を見る目が、今は怖い。
物心のついた頃、祖母からきれいな箱をもらった。
木製で、彫り細工のされた箱、内側には赤いきれいな布が貼られていて、それはもう、宝箱のようだった。
その頃の私には一抱えするぐらいの、大きな箱。
でも中には何も入っていなくて、どうしようかと悩んでいた。
ある日、とてもとても嬉しいことがあった。
忘れたくなくて、ずっとずっととって覚えておきたくなる、そんなことが。
私はたくさんたくさん悩んで、その嬉しいことを書き留めて、小さく包んで箱にしまうことにした。
この日から、この箱は私にとっての宝箱になった。
楽しいことがあったとき、一つ。
嬉しいことがあったとき、一つ。
幸せなことがあったとき、一つ。
最初は数えるほどだったそれは、いつしか箱の底が見えない数になり、積み上がっていった。
結婚したとき、子供が生まれたとき、孫の顔を見たとき、増える宝物は、もう箱に入り切らないぐらい……。
ある時、孫娘が私の部屋に来て、私の箱を羨ましがった。
よく手入れしていたからだろうか、綺麗な鼈甲色に染まった箱が宝箱のように見えたのだろう。
一つ、約束をした。
遺言書にも残した。
私にはもう十分だから、これからはこの子の幸せを仕舞ってやっとくれ……。
穏やかに眠る祖母の顔を見て、涙が溢れた。
大好きな祖母だった。
出棺の前に、私に……箱の中身を棺に入れて一緒に燃やしてほしいといった。
中には何が入っているのか、私は聞いたことがない。
とても大切なものが入っているのだろう。
一度聞いたとき、中に入っているのは私の星だよ、と祖母は言った。燃やしちゃっていいのかと聞いたら、一つも余さず持っていくから、残さず箱から溢しておくれと言われてしまった。
献花が終わり、棺の上で箱を開ける。
中に入っていたのは、小さく丸められた無数の紙だった。
父も驚いた様子で、けれど母は小さく笑っていた。
一つ取って、開いてみた。
──娘が生まれた。
それだけ書いてあった。
これが祖母の言う、星なのだろう。
元通りに丸めて、返す。
一つも余さず棺に溢して、封がされた。
立ち上る煙を見上げながら、箱を抱えながら泣いた。
本当なら箱も、祖母は持って行きたかったんだと思う。
それでも箱だけは残してくれた。
あんたの星を、いっぱい集めるんだよと背中を押された気がした。