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 物心のついた頃、祖母からきれいな箱をもらった。
 木製で、彫り細工のされた箱、内側には赤いきれいな布が貼られていて、それはもう、宝箱のようだった。
 その頃の私には一抱えするぐらいの、大きな箱。
 でも中には何も入っていなくて、どうしようかと悩んでいた。
 ある日、とてもとても嬉しいことがあった。
 忘れたくなくて、ずっとずっととって覚えておきたくなる、そんなことが。
 私はたくさんたくさん悩んで、その嬉しいことを書き留めて、小さく包んで箱にしまうことにした。
 この日から、この箱は私にとっての宝箱になった。
 楽しいことがあったとき、一つ。
 嬉しいことがあったとき、一つ。
 幸せなことがあったとき、一つ。
 最初は数えるほどだったそれは、いつしか箱の底が見えない数になり、積み上がっていった。
 結婚したとき、子供が生まれたとき、孫の顔を見たとき、増える宝物は、もう箱に入り切らないぐらい……。

 ある時、孫娘が私の部屋に来て、私の箱を羨ましがった。
 よく手入れしていたからだろうか、綺麗な鼈甲色に染まった箱が宝箱のように見えたのだろう。
 一つ、約束をした。
 遺言書にも残した。
 私にはもう十分だから、これからはこの子の幸せを仕舞ってやっとくれ……。



 穏やかに眠る祖母の顔を見て、涙が溢れた。
 大好きな祖母だった。
 出棺の前に、私に……箱の中身を棺に入れて一緒に燃やしてほしいといった。
 中には何が入っているのか、私は聞いたことがない。
 とても大切なものが入っているのだろう。
 一度聞いたとき、中に入っているのは私の星だよ、と祖母は言った。燃やしちゃっていいのかと聞いたら、一つも余さず持っていくから、残さず箱から溢しておくれと言われてしまった。
 献花が終わり、棺の上で箱を開ける。
 中に入っていたのは、小さく丸められた無数の紙だった。
 父も驚いた様子で、けれど母は小さく笑っていた。
 一つ取って、開いてみた。

 ──娘が生まれた。

 それだけ書いてあった。
 これが祖母の言う、星なのだろう。
 元通りに丸めて、返す。
 一つも余さず棺に溢して、封がされた。


 立ち上る煙を見上げながら、箱を抱えながら泣いた。
 本当なら箱も、祖母は持って行きたかったんだと思う。
 それでも箱だけは残してくれた。
 あんたの星を、いっぱい集めるんだよと背中を押された気がした。
  

3/16/2023, 9:45:47 AM