泣かないでと言ってあなたが去った。
別に泣く気などない。泣かないでと言われたからではなく、こうなることを知っていたから。言ってしまえば心の準備は済んでいたのだ。
どうせ、泣こうが喚こうが、こうなるのだ。
「もし、君が行かなくて良くなるなら、喜んで泣いたって言ったら、どんな顔するかな」
それは少しだけ興味が湧いた。
僅かにぼやけた視界でも君の背後だけはよく見えた。
朝の冷たい空気の中、職場を目指す。まだ開け切らない空がより凍える心地だ。
近道の広場には自分のほかに通学通勤の為に通り過ぎる姿が見えた。仲間意識から彼らを横目で見ていれば足元から不自然な音がした。地面を踏みしめるたびシャリと音がする。解らないだけで土を持ち上げる氷が敷き詰められているらしい。
それに気がつくと雑草にキラキラしたものが見える。
水蒸気が葉に付着し凍った様だ。
いよいよもって冬がはじまったと実感するほかない。
終わりたくないという願いは、決して悪ではない。
それが幸福の物語ならなおのこと。
だが終わりがあるから新たな世界が生まれる。
幕を引かなければ。舞台から降りるように。風呂敷を畳むように終幕を迎える。
もう一度誰かが乞う。だがあいにくととうに決めたこと。
駄目だよ。誰にいうでもなく答えた。
もうすでに、新たな物語の産声が聞こえている。どうか良き世界でありますように。
「死んだら四十九日だけ私のこと考えててよ」
「……ずっと考えててじゃないの?」
思わずそう聞いてしまった。
「駄目だよ。死んだらそれまでだもん。四十九日過ぎたらちゃんと他の人好きになってね」
それに思わず抱きついた。
戯れ付いてきたと勘違いしているのか楽しそうに笑う彼女。だが自分の顔を見ると呆れたように肩をすくめる。
「忘れたくない」
「私からの愛情だよ」
何が愛情なものか。
痩せ細った体で抱き返され言葉を飲み込んだ。
なんだか調子が悪い。
何時もなら気がつくことを見過ごした。丁寧にせねばならないものをおざなりにしてしまう。
致命的ミスはないがアラが目立つ。
試しに温度計で計れば微熱。
なんだと投げ出した。
だが後にこのことを後悔する羽目になる。
二時間後、先ほどより明らかに症状が出始めた。
寒いのは勿論倦怠感とわずかな吐き気。
作業は中断。
休みだったのはある意味幸いである。
寝巻きに着替え風邪薬を飲み込んだ。明日には治っていればいいが。