君の定位置である椅子を処分した。
もう君は帰ってこないと区切りをつけたからだ。
椅子以外にも、君の愛用品は処分していく。中古品として売り出せるものは全てだした。あるのは自分用と来客用の食器。
もう君のいた痕跡は数えるほどしかない。
それでも、ふと顔を上げて思い出すのは、君の横顔。君の声。君の気配。
どれも、輝くばかりの思い出。
ああ、すっかり空っぽになっても、心に居座っている君。
「星座になれるなら何座になりたい」
「銀河」
「星座って言ったじゃん……」
色々あるよと分厚い本を差し出した。
しかしその視線は頑なにスマホに向けられている。
「流星群」
「なんでよ」
「星座って、大なり小なり物語が付属するじゃん……。そんな他人の後付けストーリーに付き合わされるとかごめんなの」
なるほど。
「……詳しいね」
「ちっちゃい頃……、プラレタリウムで働きたいって思ってて……」
それに思わず相手の顔をまじまじと見てしまう。
「…………それならさ、私が星座になったらアンタが私のことみんなに説明してね」
我ながらいい考えだ。
そう納得して帰り支度をはじめる。すると君も置いていかれまいと支度をしだす。
「はぁ?」
「ねぇ、今から紹介文考えといて」
「しかも私?!」
「誰ともわからない紹介文を付属されるのは嫌なんでしょ」
笑いながら廊下を駆ける。二人分の足音。
不思議と二人の足跡こそ星座に見えた。
「踊らないの?」
その問いに君は盛大に顔を顰めた。
「やだよ」
「なんで」
そう問い返す。
口を割らない君の隣に腰掛け距離を詰める。
「……」
「ねぇー。なんでぇー」
「うざ……」
ダンスパーティなんて言ったがみんな好き勝手踊ってる。
お行儀よくしてたのも最初のうち。
「教えてよぉー」
「だって」
みんなのはしゃぐ声。リズミカルな音楽に飲まれて消えそうな声に耳をすます。
「私、背が大きいから、思いっきり踊ったらぶつかっちゃう」
言い終えるとじわりと涙ぐんだ。
ついこないだ、練習会で不用意にも友人の頭を叩く結果になったのをまだ気にしていた。友人は気にしてないと笑っていたのに。
「なら外行こうよ」
そうだ。この子にこんな狭い場所はかわいそうだ。
「でも」
「ねえ、踊りませんか?」
別れの時が迫っている。
気持ちの整理も覚悟も出来ている。
それでも、いざ目の当たりにすれば途端に決心が鈍る。どうにかして、引き止めることは出来ないか。
ベルが鳴った。
ただ静かに眠る君が、ゆっくりと運び出される。
やめてくれと言う声にならない声を噛み殺す。ついにこぼれた涙が床に一粒二粒と落ちていく。
さよなら。
さよならだ。
もし叶うなら、また君と巡り会えたら。
そんなもしもを願いながら、今日を生きていく。
巡り会えたら。
起きっこない。
そう顔を伏せる君。
長い髪の毛に隠れ表情が見えない。だが震える声から君がどんな顔をしているか如実に感じ取れてしまう。
もう一度、今度は耳をすまさなければ聞き逃してしまうようなか細い声で。
「起きる。この奇跡は必ず起きる」
君がそう否定するならその度に言おう。
奇跡をもう一度