たそがれが迫っている。
何もかもを包容する夜を伴って。
夜に抱かれている間、誰もが穏やかに眠るが私だけは不安だった。
今の私と翌朝の私。
果たして同一なのだろうか。
髪の先からつま先。どこもかしこも。
夜に齧られすりつぶされ、気まぐれに吐き出されたのが翌朝の私ではなかろうか。
そして今の私も例外ではない。
今日もたそがれが迫っている。
夜を伴って。
きっと明日も。
消え入りそうな声で君が呟いた。
それでも静寂の中で響いた声。
明日、君は遠くへと旅立つ。
「うん。おしゃべりしよう」
この約束は、どれだけ意味があるのかわからない。それでもそうすることで満たされるなら、何度でも約束しよう。
部屋の扉が空いていた。
なんの変哲もない部屋。誰かが閉め忘れたのだろう。
だがどうしても手招きしているように思えるのだ。
もしこんな話をしたら笑われてしまう。そんなわけ無いだろ、と。
いいや。私は招かれている。
目を伏せながら部屋に近づきドアノブに手をかける。沈黙によって満たされた部屋。だが視界の隅で、何かが踊っている。
それを誤魔化すようにドアを閉めた。
今度こそ、部屋は沈黙で満たされている。
じゃあねと別れた後、こっそり振り返る。別れがたくなってその背中を見送るのだ。あんまり見ていては気が付かれてしまうとちょっとだけ、そう三秒と決めて。
気づかれてしまう、と言うのもあるが先に決めておかなければ何時迄も名残惜しくなって立ち止まってしまうからだ。
この日も帰り道を一緒に歩きいよいよY字路に差し掛かる。
じゃあね。そういう前に君が立ち止まる。
「あのさ、いつも背中見られてばっかなの、寂しいんだけど」
ちょっとだけ顔を赤らめながらそう呟いた。
別れ際
お気に入りの喫茶店でコーヒーを楽しんでいれば雨が降り出した。
窓の外は慌ただしげな気配に変わる。近くの店に飛び込むもの、用意していた傘をひらくもの。なかにはすっかり諦めているものもいた。
誰もが慌てる中、しめしめとメニューを手繰り寄せる。
こうなっては帰れない。なにせ傘を持ってきていないのだから。
いや、雨マークはついていた。だがあえて持ってこなかったのだ。部屋の片付けを頑張ったご褒美としてデザートを食べにきたのだから。
これは帰れない。これでは掃除の続きが出来そうにない。そう言い訳しながら店員を呼ぶ。
コーヒーのおかわりが来た。
お天気キャスターの話では一日雨だと言う。
だと言うのに、晴れ間がのぞいている。
どうやら通り雨だったようだ。
なんだと不貞腐れながらコーヒーをゆっくりと飲み干していく。