秋がやってくる。
ようやく夏から解放されたようで心地がいい。浮き足立つ帰り道。少しだけ遠回りをする。
夕暮れに染まる家々、黄昏時が迫るなか、秋の気配をひしひと感じ取っていく。だがついに夜の帷の中。
今日はここまでと自分に言い聞かせてゆっくりと家を目指す。
明日もまた、少しだけ歩こう。
秋を探しながら。
窓の外を見たくない。
ここから見える景色は君とたくさん見てきた。だから私には特別だった。走り去るバイク。登下校の学生。散歩を楽しむ犬とその飼い主。そのどれもがかけがえのない瞬間だった。
でもそうでなくなってしまった。そうではなかった。
理解した途端苦しくて仕方がない。
堪えきれず涙がこぼれ落ちる。
乱雑に涙を拭い荷物を詰め込んだ鞄を肩にかける。
さようならもまたねもないまま、今日、私はここを去る。
「目に見えればいいのに」
「なにが」
「愛」
それに呆れて手を止めた事を後悔した。
何を言い出すのやら。
「見えないから良いんだよ」
「見えないと意味ないじゃん。愛されてるかどうか一目瞭然じゃん」
それは。言いかけてページを捲る事で誤魔化した。
見えて良いことばかりじゃない。もしも、君の向ける愛が他に流れていくのを見てしまったら。立ち直れる自信がない。
それどころか、自分からの愛を見て迷惑そうにされたら。
やっぱり見えて良いことなんてない。
「子供に戻ったらしてみたいことって」
こう聞かれると真っ先に答えることがある。
ジャングルジムに登る、だ。
あの枠をくぐり、登るという単純ながら全身を使う遊びが好きだった。もともと体を動かすのが好きだった。
今も暇を見つけてはジムに通っている。休みの日には足を伸ばしロッククライミングも挑戦するほどだ。
すっかり大きくなった体では当然ジャングルジムなど遊べない。
ジャングルジムで遊ぶ子供を羨み少し感傷に耽る。
大きくなるとは、良いことであるが、また制限されていくのだ。
【若干ホラー】
母方の実家に預けられていた頃の記憶である。
祖母は優しくて滅多なことで怒るような人ではなかった。
反対に祖父はそれはもう厳しくて幼少期は矢鱈近づくことはない。
そのため朧げな記憶のほとんどは祖母である。
優しいおばあちゃん。
「◯◯ちゃん、奥の……、だけは……。おばあちゃんと約束よ」
高齢により他界したおばあちゃん。
なんだか、大切な事を言われていた筈が思い出せない。
どうして忘れてしまったのだろう。
遺品整理のため一足先に到着した民家。両親が来るのは明日。
古めかしい家。それでもいざ入ればその頃の記憶を思い起こす。
少しだけ、目の奥がじわりとぼやける。
一人でできることなどたかが知れている。とりあえず換気のため編戸を開けていく。
祖母は一人で長く守っていたのだ。必要以上に手入れは出来ていまい。少し手こずりながら全ての編戸を開けることが出来た。
風が吹くたびに澱んだ空気が押し流されるような気がして気持ちがいい。
「◯◯ちゃん……◯、◯ちゃん」
風に混じり、声が聞こえた。
優しいおばあちゃんによく似た声。
奥の部屋から聞こえた。閂錠で施錠されただけの部屋。唯一鍵らしきものがされた部屋。
「おばあ……ちゃん?」
「あけて、ちょうだいぃ、◯◯ちゃ……」
あるわけない。
そう否定しながら、最後に、などと希望を抱いてしまった。
きしりと軋む廊下。
「おばあちゃん、いるの……」
そう呼びかける。
「あけてちょうだぃ、ね、◯◯ちゃん」
やっぱりおばあちゃんの声だ。もう迷いもなく閂に手をかけていた。
「◯◯ちゃん!!開けちゃいけません!!」
滅多に怒ることのない祖母の声が後ろから聞こえ振り向いた。だが後ろには誰もいない。