『イルミネーション』
12月になり、夜は色とりどりのイルミネーションが建物を彩るようになる。
私の町も例外ではなく、塾の帰りにふと窓の外を見ると、白い光に彩られたクリスマスツリーやら、青や緑のイルミネーションで描かれたサンタやらが目に映る。
私はそれらを、特に感慨を覚えることもなくただぼーっと眺めている。
ロマンチックな暖かい光よりも、都会ビルから漏れる光の方が、私は好きだった。
あの眩しくもどこか冷たさを覚えるような、夜の闇を吸い込んで発光する様がぞっとするくらい美しい。
私はその光を眺めながら、そこで暮らす人々の物語を想像する。
もしかしたら今見てる景色の中に、どんな小説よりもリアルでドラマチックな物語があるのかもしれない。
そう思うだけで、心底陶酔してしまう。
田舎暮らしの私も、いつか都心の方に住むことができたらいいな。
『仲間』
「仲間」という言葉が私は昔から嫌いだった。
仲間なんだから協力しようよ。
仲間なんだから隠し事しないで話そうよ。
仲間なんだから、仲間なんだから……
周りの大人はそんなことばっかりだ。
私は思う。
で?
仲間だから何?
仲間なんて、大人たちが勝手に他人同士を集めて「仲間」って枠に押し込んだだけでしょ。
なんで「友達」でも「家族」でもない「仲間」と分かり合わなきゃいけないの?
でも今の私は、その「仲間」に適応するように毎日毎日作り笑いを浮かべて相手が好むような返答ばかりしている。
それでも心の中ではいつも、「仲間」という大雑把な言葉に違和感を抱いている。
これからも私は「仲間」の中で、個性を失くしていくのだろうか?
『手を繋いで』
⚠二次創作、(もしかしたら)BL、ifストーリー
少し肌寒い秋の夕暮れ。
昼間とはうってかわって静かになった海岸を、弟と並んで歩く。
日の沈みかけた砂浜に、波の打ち寄せる音が穏やかに響いていた。
この海は、かつて僕と弟が一緒に暮らしていたころに、両親と四人で来た場所だった。
その後すぐに僕と弟の征司郎は離れ離れになってしまい、ここに二人で来ることができたのはこれで二回目だった。
しかし征司郎は僕が海外へと渡った後もここへ来たことがあるらしく、懐かしいと話していた。
「昔さ、ここに二人で来たことあったよね。覚えてる?」
試しに問いかけてみると、弟は頷く。
僕は隣で歩く弟の横顔を見ながら、ここへ来た時のことを思い返していた。
あまり細かいことは覚えていないのだが、征司郎の手術が無事に終わり、ようやく二人で遊べるようになって喜んでいたのを覚えている。
その時僕と弟は、手を繋ぎながらどこまでも続く海岸に沿って走っていた。
遠くまで行き過ぎたせいで帰れなくなり、両親にこっぴどく叱られてしまった。
でも、握った手の感触と、風を切りながら進んでいく爽快感は今でも鮮明に思い出せる。
この世界に僕と征司郎二人だけになったような気がして、寂しいような嬉しいような気持ちになったことも。
僕は夕日に照らされた弟の横顔をちらりと見る。
「ねえ、あの頃と同じようにさ、手、繋いでみない?」
「は?」
弟は眉をしかめ、あからさまに嫌そうな顔をする。
まあ、兄弟とは言えどいい大人同士で手を繋ごうと言われて躊躇しない人間はいないだろう。
嫌だよ気色悪い、と弟はそっけなく答えた。
仕方ないので無視して弟の手を握る。
弟は迷惑そうな目でこちらを睨んだが、僕の手を握り返してくれた。
暖かくて、懐かしい感触だった。
『ありがとう、ごめんね』
⚠二次創作、ifストーリー
雲一つない快晴。僕は、自分の足元で咲いている桜を見下ろす。真上から見る桜は、地上で見る桜とまた一味違い、美しい。
生前なら、こんな角度から桜を見ることはできなかっただろう。
そう、僕は幽霊になったのだ。
僕が死んだのは数週間前、フランスの砂浜だった。
あまり死ぬ瞬間の記憶はないのだが、うつ伏せに倒れた自分を呆然としながらただ見下ろしていたことは覚えている。
その時にはもう、体重も胸を貫かれたような痛みもなくなっていた。
自分が幽霊になったのだと気づいた僕は、死ぬ間際に強く願ったことを叶えるべく、海を越えて日本に来た。
日本にはたくさんの思い出があったが、僕が一番最初に向かったのは、ここ、スリジエハートセンターだ。
そう、僕の最期の願いは、センターを囲うように並んでいる桜の花を見ることだった。
生きているうちに見ることはできなかったものの、満開の桜を一目見ることができてよかった。
しばらく桜の花を眺めて満足した僕は、そう思いながら立ち去ろうとする。
しかしその時、視界の端に映ったものに気づいて、僕は立ち止まった。
桜の木の下に佇む、二人の医師。
一瞬目を疑ったが、間違いない。
「__ジュノ、征司郎!」
名前を呼んで駆け寄ろうとして、あ、と気づく。
僕の姿は、多分二人には見えない。
その証拠に、声が聞こえない距離じゃないのにも関わらず、二人は見向きもしなかった。
分かってはいたが、いざ目の前にすると、少しショックを受ける。
手紙には書ききれないぐらい、彼らと話したいことはたくさんあった。
でも。
僕の死に囚われるぐらいなら。
僕は、桜の前立つ二人を目に焼き付け、空へと飛び立った。
桜の花言葉はフランス語で、
「ne m'oublie pas」“私を忘れないで”
僕が桜に込めた願いだった。
でも。
やっぱり、忘れていいからね。
ちゃんとお別れできなくてごめんね、ジュノ。
征司郎、覚えててくれてありがとう。
桜が咲いたらまた来るからね。さようなら。
『部屋の片隅で』
⚠二次創作
少し休憩するために仮眠室へ行くと、今日も彼が部屋の片隅で昼食を食べていた。
黄色いつやつやの卵が乗った卵かけご飯。
あまりにも美味しそうで、お腹が空いてくる。
じっとそれを見つめていると、私の視線に気がついた彼が振り返る。
私が彼の手元にある卵かけご飯を見ているのだと分かると、彼はやらないからなというように茶碗を私から遠ざけた。
私は卵かけご飯を見ていたことに気づかれたのが恥ずかしくて、ご飯が視界に入らないように目線を泳がせる。
すると彼は安心したのか、向き直ってご飯を食べ始めた。
私は仮眠をとるためにベッドに横たわり、毛布に包まって目を閉じる。
しかし、空腹のせいで眠れない。
何分かそのままじっとしていたものの、眠くなる気配がないので、起き上がってベッドから出ようとしたときに、カパッと炊飯器を開ける音が聞こえた。
なんとなく音のした方を見ると、彼と目が合った。
彼は私を手招きしている。
なんだろうと思いつつ行くと、卵を割り終えた彼が茶碗をこちらに差し出してきた。
「ネコ、食う?」
一瞬迷ったものの、卵かけご飯の誘惑に負けて頷いた。
茶碗と箸を受け取り、二杯目をかきこむ彼の横で卵とご飯を味わう。
今まで食べたことがないくらい美味しかった。
「これ、なんのお米ですか?」
知らん、実家から届いた米、と彼はそっけなく答える。
私は気になりつつも、そのまま食べ進める。
ものの数分で食べ終わった彼を見て、絶対もっと味わって食べた方が美味しいのに、と思った。