金木犀の香りがふと香る。
もうそんな時期かと思って、ふと上を向くと、
鉛筆みたいな白い飛行機と半透明の細切れの雲が
澄んだ青い空のキャンバスに
さりげなく描かれているようにみえた。
「そろそろ衣替えしなきゃな」なんて思うけど、
土日のための服の量なんて、たかが知れている。
とっておきの服は、きっと今年も出番がないだろう。
それに、セーターやコートはまだ早い。
だから服たちは、クリーニング屋の袋のままで
世界が寒くなるのを待っているのだ。
「今年ももう終わるね」なんて笑う君に
「まだイチョウすら落ちてないよ」と言い返すのは
いささか冷たいだろうか。
「夜中に鳴く虫は、なぜ四季がわかるのかしら」
と真剣な眼差しで語る君に
「遺伝的なプログラムさ」と言い返すのは
いささか味気ないだろうか。
そんなことを思いながら僕は、再び歩き始めた。
逃げることはできない
暑い陽射しの下
誰もが必死に走るリレーにて
それほど仲よくない友よ
鋭い眼差しの君が向かってきた
バトンを渡すために ただ駆け抜ける
そこには何かが宿っているようだった
その力強さに 思わず鳥肌が立った
一瞬だけ、結ばれる瞬間
裸足の僕はグラウンドの砂を蹴り
痛みなど気にせずただ走った
ただゴールを目指すために
地面を蹴る感覚に覆われて
少し下手くそなアナウンスも
叫ぶ応援団の声も
聞こえなくなった
ただ前を走る背中を追いかけて
夕立がやってきて 靴下までびっしょりな
下校時間の 帰り道
傘なんてなくて なぜか走りたくなって
足が速くなる靴の力を試したくなって
ランドセルをしっかりと背負い込み
ダッシュした
雨が 目に 入ってくる
◇
排水溝のあみあみは
驚くほど滑り
ぼくは こけてしまった
顔に傷はつかなかったけど
ぼくを守ろうとした手は少しすりむけていた
しばらく起き上がることができず
雨と、 汚い泥水が流れる音だけに包まれた
◇
なぜ走りたくなったのかは
今ではわからない
そんな気は 起こらない今のぼく
傘という弱さを手にしたからなのか
大人になったからなのかは
わからない
君の 輝く微笑みが うまく見えない
それはやっぱり ここが 暗いからなのか
軽やかに踊る クラゲたちの 水槽は
明るいようで 暗い
青と緑が交錯し クラゲの透明さが際立つ
F値やらISOやら なんて無く
君の微笑みは うつらない
わかっていたけれど僕は 力を込めて
シャッターを切った
それでフィルムが無くなろうとも、
クラゲしか 見えなくとも、
その微笑みを
ただ そこに閉じ込めたかった
きっと明日も来るだろう
そんな確約はないもので
寝たら 三途の川かもしれなくて
朝日に会えない可能性もあるわけで
◇
地獄の沙汰も金次第ですが
(世知辛いので、閻魔様も積み立てNISAを始めたそうです)
そもそも通貨が円じゃなくて
円安の可能性もあるわけで
仮想通貨かも、しれなくて
◇
わたしが 三途の川に行こうとも
変わらず朝日はうごめいて
誰もが 渋滞に疲れ苛立ちを覚える日々
それは続いていく
◇
今日を懸命に生きようと踏ん張りすぎる必要はない
だって明日が来たことには
それなりの価値があるでしょう
三途の川で 後悔せぬよう 頑張りすぎても
きっと何かしらの後悔はあるものでしょう
(植物の水やりを忘れたことかもしれない)
大きな後悔だけは しないように紡いでいこう、
そんな気概じゃ 閻魔様に笑われるだろうか