『風鈴の音』
耳に残るあの音は、畳の匂いと共にあった。
真っ直ぐに咲いた向日葵は眩しくて、
壊れかけの扇風機しかない部屋は暑かった。
蚊取り線香の匂い。
蝉の鳴き声。
お昼ご飯はきっとまた素麺だ。
風鈴がチリリと鳴った。
夏にしては冷たい風が吹いた。
もしや貴方が、なんて思いながら茄子に箸を刺した。
『あの日の景色』
屋上にマットレスを敷いて寝そべって、
見上げたあの日の夜空。
多分あれが夏の大三角だと、
一際明るい三つの星を指差した。
ベガとデネブとアルタイルの見分けはつかない。
この真ん中にいるのだというこぎつねを探して、
不確かな星を結ぼうとした。
長袖のジャージは肌寒かった。
隣にはいつも君がいた。
『どうしても…』
それが正しいと知っていた。
初めから貴方の幸福は実現しないと分かっていた。
貴方の幸福は多くの人の犠牲の上に成り立つもので、
そんなものは叶えちゃいけないのだ。
それでも私は、貴方が貴方自身の手によって、
貴方の望むがままの未来を手にすることを望んでいた。
だって貴方の笑った顔が好きだから。
貴方にずっと笑っていて欲しかったから。
どうしても叶えて欲しかった。
どうしても…何としてでも…。
貴方に負けて欲しくはなかったんだよ。
『ただ君だけ』
ただ君だけに生きていて欲しくて、
その為なら他はどうなっても構わなかった。
ただ君だけが私の希望で、
私は君のことが大好きな私のことを愛していた。
だから君に死んで欲しくはなかった。
だから君にいつまでも生きていて欲しかったのだ。
君がいない青空の下を歩いて、
君がいない春の日を迎えた。
何ら変わらず今日も私は息をしている。
ただ君だけが不足していた。
『夢を描け』
縁側で呑気にお茶とお菓子を楽しむの。
隣には貴方がいる。
もう彼此15年の仲の貴方が、今と変わらず隣にいる。
それで今と変わらず好きなものの話をするの。
漫画やアニメや舞台の話を。今と変わらない明るさで。
いつか彼の人は「停滞は死だ」と言っていたけれど、
その言葉が深く心に刺さりはしたのだけれど、
それでも私は今あるこの日々が永遠に続けば良いと、
結局はそんな子どもじみた夢を描いてしまう。
ねぇだって、彼の人が描いた夢も結局は、
ただの平和と安寧だった。
夢ってそういうものじゃない。