冬山210

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8/23/2023, 11:02:55 AM

『海へ』

海へ行こうか。
ほら、黒いワンピースをあげる。
これを着ておいで。夜の海に紛れよう。

月が映ってる。
海面が揺れている。
波の音が聞こえる。
君は誘われている。

深くへ落ちよう。
海水は冷たくないね。
どこまでも沈んでいける。

呼吸ができなくなったなら、海水を飲めば良い。
あまりの塩辛さに目が覚めるだろう。
そしたらほら、そこがベッドの上だと気づく。
夢なんかじゃないけどね。

8/17/2023, 6:58:46 PM

『いつまでも捨てられないもの』

小学生の頃から書き溜めてきた創作物。
ただの設定だったり小説だったり会話文だったり。

それらはみんな黒歴史であるとともに、
かけがえのない僕の証なんだ。

小説家の先生はこう言っていた。
「自分にしか書けないものなんてない。
自分に書けるものは大抵他の誰かにも書けるもの。」
世界で自分だけなんてのは有り得ない。
というのが先生のお言葉。

僕はそうは思わなかった。

似通ったものが書ける人はいても、
一言一句同じものを書ける人はいない。
たった一文違うならそれは違うもので、
だから全ての作品は唯一無二なんだ。
私が書いているものは私にしか書けないものだ。

それは昔書いたものもそう。
凡庸で拙いけれど、私は面白いと思ってる。
私という読者を何度だってワクワクさせてくれる。
最高だろう。

だから、いつまで経っても捨てられやしない。
今まで書いてきたもの全て、失くしたくないんだ。
捨てるなんてできないよ。

8/8/2023, 11:33:40 AM

『蝶よ花よ』

蝶よ花よと愛てくれた貴方のことが好きだった。

貴方の大きな手で頭を撫でられるのが好き。
貴方の大きな背中に身を預けるのが好き。

私に似合うだろうと可愛い服を買ってきてくれた。
不器用だけど丁寧に髪を梳いてくれて、
「結えなくてごめん」と言ってリボンをつけてくれた。

お砂糖の入れ過ぎで焦がした卵焼きは、
焦げのない内側だけを私にくれた。

貴方のおかげで私は、ずっと寂しくなかったよ。
貴方は私のママでもパパでもないけれど、
ママやパパと同じくらい私を愛してくれた。

だからね、私たち親子なんだよ。
血は繋がってないけど家族なの。
貴方は確かに私の親なんだよ。


そう伝えられたら良かった。

「撫でないで」「おんぶ嫌」
「可愛くない」
「三つ編みが良い」「これ嫌」
「美味しくない」
私が口にしたのはそんな言葉だった。

両親が亡くなって日が浅かったから。
まだ心を開けていなかったから。
思春期に入ってしまったから。
家を出て一人で暮らすようになったから。

言い訳はいくらでもできる。
そうやってずっと、何も伝えてこなかった。
気づいたら貴方は歳を取っていた。

私がどんなに我儘を言っても、
愛おしそうに見つめてくれた貴方の瞳。

好きだったの。
本当はね。
貴方のこと大好きだったんだよ。

7/5/2023, 9:31:54 AM

『神様だけが知っている』

神様だけが知っている。
君がこの世に生まれた理由。

生まれた理由を
生きていく理由を
人間たちは知ることができない。
自分のことなのに誰にも分からない。

だから人間たちは、その理由を見出そうとする。
何のために生まれたのか。
何のために生きているのか。
自分たちで定めようとするのだった。

神様はそんな人間たちを見ると、
健気で哀れで、愚かだなぁと思う。
そして同時に、愛おしく思う。

どんなに頑張ったって知ることはできないのに。
生まれた理由も生きていく理由も、
人間たちには分かりっこないのに。
自分でそれっぽい理由を選んで、
それを支えに生きていくだなんてなぁ。

人間って奴は惨めでちっぽけで、可愛らしいね。

7/1/2023, 2:14:22 PM

『窓越しに見えるのは』

窓越しに見えるのは、君の悲しげな表情。
背の低い君は人混みに消されてしまいそうで、
けれども僕の目にはきちんと見えていた。

僕の目には君しか見えていなかった。
どれだけ周囲に人がいても、
いつだって君の姿はすぐに見つけられる。
君はいつも輝いていて、他の人とは異なっていた。

僕はきっとどこへ行ったって君のことを見つけられる。
何度だって君の元に帰ってこられる。
だから大丈夫。何も心配は要らないんだ。

これから僕は少し遠くに行くけれど、
帰りがいつになるかは分からないけれど、
それでもきっと、必ず僕は戻ってくるから。
どうか笑顔で送り出してくれ。


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窓越しに見えるのは、貴方の儚げな表情。
今にも消えてしまいそうで、
二度と会えなくなってしまいそうで、
私は、本当は貴方のことを送り出したくはなかった。

貴方はいつも「大丈夫だ」って言うけれど、
「何も心配は要らない」って言うけれど、
それが強がりであることくらいとっくに知ってるのよ。

誰よりも不安なのは貴方なんでしょう?
誰よりも諦めているのは貴方なんでしょう?
その言葉は私を安心させるためのものじゃない。
そうやって自分に言い聞かせているだけなんでしょう?

だから心配なの。心配するの。
貴方を一人にさせたくないの。
どうか無事に帰ってきて。
どうか、どうか、貴方の笑顔を私に見せて。
そんな作り笑いじゃない、心からの笑顔を。

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