冬山210

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『蝶よ花よ』

蝶よ花よと愛てくれた貴方のことが好きだった。

貴方の大きな手で頭を撫でられるのが好き。
貴方の大きな背中に身を預けるのが好き。

私に似合うだろうと可愛い服を買ってきてくれた。
不器用だけど丁寧に髪を梳いてくれて、
「結えなくてごめん」と言ってリボンをつけてくれた。

お砂糖の入れ過ぎで焦がした卵焼きは、
焦げのない内側だけを私にくれた。

貴方のおかげで私は、ずっと寂しくなかったよ。
貴方は私のママでもパパでもないけれど、
ママやパパと同じくらい私を愛してくれた。

だからね、私たち親子なんだよ。
血は繋がってないけど家族なの。
貴方は確かに私の親なんだよ。


そう伝えられたら良かった。

「撫でないで」「おんぶ嫌」
「可愛くない」
「三つ編みが良い」「これ嫌」
「美味しくない」
私が口にしたのはそんな言葉だった。

両親が亡くなって日が浅かったから。
まだ心を開けていなかったから。
思春期に入ってしまったから。
家を出て一人で暮らすようになったから。

言い訳はいくらでもできる。
そうやってずっと、何も伝えてこなかった。
気づいたら貴方は歳を取っていた。

私がどんなに我儘を言っても、
愛おしそうに見つめてくれた貴方の瞳。

好きだったの。
本当はね。
貴方のこと大好きだったんだよ。

8/8/2023, 11:33:40 AM