『大事にしたい』
幸いは俺を愛してくれたこと。
俺の駄目なところも悪いところも全部俺は知っているのに、こんな奴消えちゃえって思っていたのに、俺は結局俺を愛してくれた。
消える勇気がなかった代わりに、臆病な私は私が生きやすいように他の道を作ってくれた。肯定してくれた。
最強の味方を作り出したんだ。
他者は怖いし死も怖いけど、俺だけは怖くない。
存分に甘やかして堕落させて、駄目な俺を俺が作って、そうしてできた私を私は愛してくれる。
大事にしたいのは私だけ。
大事にしてくれるのも私だけ。
一番をくれるから、一番を返すの。
『夜景』
夜の景色が綺麗なのは、昼間とは違う姿だから。
人は灯りを手に入れて暗闇を怖がらなくなった。
頭上の星を地上に写してきらきらと光る夜を造った。
『光の海を泳ごう
街灯に照らされて』
眩く光るそれはまるで魔法のようで。
億光年離れていないそれは星よりも明るくて。
はっきりとしない輪郭が淡く、人の営みを象った。
夜景を見に行こうよ。
夜は冷えるから一緒においでよ。
私を一人にするつもりなの?
ね、一緒に行こう。
『胸の鼓動』
授業中、先生に指されるのが苦手だ。
番号順で自分より前の人たちが次々と指されていく。
それを見ている僕の心臓は大きな音を立てる。
どきどき、なんて可愛いもんじゃない。
どっくん!どっくん!
或いは、
ばっくん!ばっくん!
本当に心臓が飛び出してしまうのではないかと思うくらい大きな音が、僕の身体の中で響くんだ。この胸の鼓動が私以外には聞こえていないだなんて、信じられない。
気づけばシャーペンを持つ手が震えている。
生徒を当てていく先生の声が怖くて堪らない。
このようにして私の寿命は削られていくのでした。
胸の鼓動、五月蝿いね。
『海へ』
くじらの心臓を探しに行きましょう。
空にあったはずなのに失くなっちゃったみたいだから。
きっと海へ落としたのだと思う。
恋しくなったのよ。くじらだもの。
この海へ還って来たかったんじゃないの。
だけど貴方だけ行って、遺された身体はどうするのよ。
寂しそうよ。心臓或いは頚が無いんじゃ、いくら怪物だからって生きてるとは言えないでしょう。
だから海へ行きましょう。
くじらに心臓を届けるの。
海の底に沈んでしまった眩い光を掬い上げて、
空で泣いてる身体の元へ導いてあげるのよ。
そうして今一度『くじら』になって、
『くじら』の姿でこの海へ還って来なさい。
きっと海は貴方を受け入れるから。
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『海へ』というお題を見て真っ先に浮かんだ言葉は、「海へいこう ありす」だった。
これは日渡早紀先生の『ぼくの地球を守って』という漫画に出てくる詩、「みおくる夏」の最初の一文。
『裏返し』
オセロをするのが好きでした。
一人でもできるから。
どこで貰ってきたのか、旅行に持っていくような小さなオセロを持っていたのです。
半分に畳める、片手に乗るくらいの大きさの盤。
小指の爪ほどのサイズの石には磁石が入っていて、オセロをせずとも石を並べてくっつけるだけでもそれなりに楽しいものでした。
小さな石を ぱちん ぱちん。
先手も後手もどちらも私。
黒で攻めては白で攻める。
裏返して裏返して、裏返したものを裏返す。
きっと私が天才だったらこんなの楽しくないけれど、
幸いにも私は馬鹿だったから。
こんなものでも退屈しのぎにはなったのです。
多分ね。