『夜景』
夜の景色が綺麗なのは、昼間とは違う姿だから。
人は灯りを手に入れて暗闇を怖がらなくなった。
頭上の星を地上に写してきらきらと光る夜を造った。
『光の海を泳ごう
街灯に照らされて』
眩く光るそれはまるで魔法のようで。
億光年離れていないそれは星よりも明るくて。
はっきりとしない輪郭が淡く、人の営みを象った。
夜景を見に行こうよ。
夜は冷えるから一緒においでよ。
私を一人にするつもりなの?
ね、一緒に行こう。
『胸の鼓動』
授業中、先生に指されるのが苦手だ。
番号順で自分より前の人たちが次々と指されていく。
それを見ている僕の心臓は大きな音を立てる。
どきどき、なんて可愛いもんじゃない。
どっくん!どっくん!
或いは、
ばっくん!ばっくん!
本当に心臓が飛び出してしまうのではないかと思うくらい大きな音が、僕の身体の中で響くんだ。この胸の鼓動が私以外には聞こえていないだなんて、信じられない。
気づけばシャーペンを持つ手が震えている。
生徒を当てていく先生の声が怖くて堪らない。
このようにして私の寿命は削られていくのでした。
胸の鼓動、五月蝿いね。
『海へ』
くじらの心臓を探しに行きましょう。
空にあったはずなのに失くなっちゃったみたいだから。
きっと海へ落としたのだと思う。
恋しくなったのよ。くじらだもの。
この海へ還って来たかったんじゃないの。
だけど貴方だけ行って、遺された身体はどうするのよ。
寂しそうよ。心臓或いは頚が無いんじゃ、いくら怪物だからって生きてるとは言えないでしょう。
だから海へ行きましょう。
くじらに心臓を届けるの。
海の底に沈んでしまった眩い光を掬い上げて、
空で泣いてる身体の元へ導いてあげるのよ。
そうして今一度『くじら』になって、
『くじら』の姿でこの海へ還って来なさい。
きっと海は貴方を受け入れるから。
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『海へ』というお題を見て真っ先に浮かんだ言葉は、「海へいこう ありす」だった。
これは日渡早紀先生の『ぼくの地球を守って』という漫画に出てくる詩、「みおくる夏」の最初の一文。
『裏返し』
オセロをするのが好きでした。
一人でもできるから。
どこで貰ってきたのか、旅行に持っていくような小さなオセロを持っていたのです。
半分に畳める、片手に乗るくらいの大きさの盤。
小指の爪ほどのサイズの石には磁石が入っていて、オセロをせずとも石を並べてくっつけるだけでもそれなりに楽しいものでした。
小さな石を ぱちん ぱちん。
先手も後手もどちらも私。
黒で攻めては白で攻める。
裏返して裏返して、裏返したものを裏返す。
きっと私が天才だったらこんなの楽しくないけれど、
幸いにも私は馬鹿だったから。
こんなものでも退屈しのぎにはなったのです。
多分ね。
『夜の海』
そこでは波の音しか聞こえない。
黒い海から押し寄せてくる大きな音は少し怖くて、
私は家族の元を離れられなかった。
花火をしたんだ。
海に行った日の夜は必ず、砂浜で花火をした。
赤や緑の光が弾けて音を立てた。
しゅわぁぁぁ ぱちぱちぱち
波の音はいつの間にか怖くなくなっていた。
線香花火は最後の楽しみだった。
火の玉が砂浜に落ちるまでを見届けた。
それも終わって「さぁ帰ろう」という頃には、
辺りは火薬の匂いに包まれていた。
父と母が歩き出す。
姉がその後をついていく。
こんな時間でも車は道路を走っていた。
歩道には転々と街灯が置かれていた。
向かいの宿泊施設では窓から灯りが漏れていた。
私たちはこれから、あの明るい場所へと向かうのだ。
夜の海は寂しそうだった。
昼間の海とは違う顔をしていた。
砂浜に火薬の匂いを置いたまま、私は姉の後を追った。
海が背後から呼んでいた。
けれども決して振り返らなかった。
波の音は、やっぱり少しだけ恐ろしかったのだ。