『後悔』
よく考えずに貴方を求めてしまった。
初めて自分に好意を抱いてくれた存在を手放したくなくて、貴方に恋をしようとした。
付き合うということがどういうことなのか、貴方が私に何を求めているのか、何も考えてなかった。
貴方のおかげで私は、自分には恋ができないのだということに気づけた。誰かと付き合うことはできないのだと分かった。得たものがあった。
けれども貴方は失っただけだ。
私は私のエゴで貴方を引き止めて、貴方を困らせて、悩ませて、傷つけて、貴方の貴重な時間を奪った。
そのくせ一言も謝れていない。
「ありがとう」と伝えるので精一杯だった。
私の後悔は貴方を選んだことだ。
私の後悔は貴方に関わったことだ。
私の後悔は貴方に好かれたことだ。
私の後悔は貴方に謝れなかったことだ。
ごめんなさい、七月の矢車菊。
『モンシロチョウ』
例え君がこれから美しくなるのだとしても、
私は蛹に至るまでの君を愛することはできない。
蛹ですら気味が悪いと思うよ。
蝶々、蝶々。
私は君というモチーフが好きだ。
けれども本物の君は好きじゃない。
君が虫である限り、僕が僕である限り、嫌いだ。
しかし、春を告げるように舞う白や黄の君よ。
君が舞うから私は春が分かるのだ。
君が舞うから私は、君を追いかけたありし日の私を想うのだ。
虫取り網と籠を持って、公園へ駆けて行った。
時には姉上と共に。時には一人で。
きっと君を追う時間は楽しかったのだろうな。
『一年後』
いい加減覚悟ができただろうか。
どうせ自ら消える勇気などないのだから、
さっさとこの世界で生きる覚悟を決めた方が良い。
ゼミはどうだ。苦しいだろう。消えたいよな。
単位は大丈夫か?卒業できそうか?資格は?
お前は何の仕事に就くんだ。就職できるのか?
無理だよな。嫌だよな。消えたいよな。分かるよ。
たった一年で俺が変われるはずがない。
だから一年後も俺は駄目なままだ。
甘ったれてるし役立たずだし、多分社会に出ないほうが世界のためなんだけど、世間体を気にしちゃうから社会に出るんだよな。
まぁ、生きててくれ。
一年後も俺は生きてるはずなんだ。
『君と出逢ってから、私は・・・』
君と出逢ってから、私は私の世界を広げた。
始まりは私だった。君は私だった。
私は私を主人公にして物語を書いた。
君は私の理想を詰め込んだ嘘みたいな女の子。
冗談みたいでぶっ飛んでいて、きらきらしてた女の子。
他人からすれば黒歴史みたいなもんだけど、
私は君を忘れたりなんかしない。
君の物語を無かったことになんてしない。
だって君は私で、私は君なんだから。
あのとき君と出逢ったから、
私は今でも物語を書くのが好きなんだ。
君はもう、主人公ではないけれど。
『大地に寝転び雲が流れる・・・目を閉じると浮かんできたのはどんなお話?』
「羊の雲があるよ」
気づけば一人の少女が隣に座っていた。
俺の目が開いたのを見て、少女は空を指さした。
恐らくその、羊の雲とやらを俺に見せようとしているのだろうが、どの雲も同じに見える。
「昔の人は空に羊がいると思ってたのよ。
羊と仲良しだったから、空にいるのも羊だと思ってた」
「……そんな話どこで聞いたんだよ」
空に羊がいると思ってた?
いくら昔の人だからって、流石に空に羊がいるとは思ってないだろ。
「お空に詳しい先生が教えてくれたの。
羊飼いがお空を見て羊を探していたんでしょう?」
何か間違っているのか?と問うように首を傾げる。
少女は至って真面目なのだろう。本気でその、羊の話を信じ込んでいる。
しかし羊飼い…確かにそんな話、聞いたことがあるような……。
「…お前、それ覚え間違えてるよ。
羊飼いが見てたのはこんな真昼の青空じゃなくて、夜の星空だろ。羊だって言ってたのは雲じゃなくて星。
星座の歴史の話だろ?」
まぁ、羊飼いが星を見ていたというのも、一つの説でしかないが。
少女は星座について先生に教えてもらったのだろう。
そして自分が学んだ知識を他者に教えたかった。覚えたての言葉を使いたがるのと同じだ。
「えー、でも…雲も羊だもの…」
そう言って頬を膨らませる。
その姿が何だか、少し、愛おしい……。
目を覚ますと辺りは真っ暗だった。
いつの間にか夜になってしまっていたようだ。
何か夢を見ていたか…?思い出そうとしても思い出せないし、夜風は冷たい。早く帰らないと風邪を引いてしまいそうだ。
「…お、羊の群れだ」
空にはたくさんの星が出ていた。