ぽこちゃひ

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2/9/2026, 7:16:20 AM

◼️スマイル
……

どうやら僕はタイムスリップしてしまったらしい。

いつものファストフードチェーンのハンバーガー屋に行って、
テイクアウトしたその帰り、
誰かが落としたシェイクの残骸を踏んで足をすべらせ、
気がつけばここにいた。

すごく見覚えのある場所ではあるが、僕がいた現代ではない。

そう、ここはきっと「未来」なんだ。






いまから数十分前のことーー



後頭部に残るずぅんとした痛みを実感し、意識を取り戻したのはその頃だ。

ズルリと上体を起こして起き上がり、周囲を見回してみた。

嫌というほど見慣れた景色ではあるが、所々違いがある。


商店街の入り口にあったお弁当屋が、小洒落た食パン専門店になっている。

保育園だった建物が老人介護施設になっている。

パチンコ屋だった場所が、日◯屋になっている。

未完成だったマンションが出来上がっている。

街ゆく人は比較的海外の人が増えたような気がする。

看板は基本的に日本語だし、左車線だ。



一瞬、僕の記憶違いかと思うほどの違いだが、そうではなかった。
だって昨日、僕はお昼をそこの弁当屋で買ったのだから。

それだけははっきりしている。

見慣れた街の経年を感じるこの状況。

僕は、タイムスリップしていたのだ。




頭をできるだけ揺らさないようにゆっくりと立ち上がる。

徐々に意識がはっきりしてくると、今の状況に対する不安よりも、
人間の本能が顔を覗かせてくる。

グウゥゥウゥウ……

そうだ。 テイクアウトしてウキウキで帰ろうとした矢先の出来事だったんだ。

当然、購入したセットメニューは手元にもなく、腹に収まった様子もない。

……腹が、減った。



僕は納得はいかないが、背に腹は代えられない。

再びあのハンバーガー屋へと向かった。


陽の高さからして今は昼過ぎ。

相変わらず長蛇の列だ。


僕が店内メニューを見ながら何にしようか考えていると、こんな声が聞こえた。


「あと、スマイル2つ分」


僕は呆れてしまった。

こんな時代にも、そんな低俗な迷惑系なんちゃらみたいな注文するやつがいるのかと。

すると店員さんはそのまま続けた。

「スマイル2つですね。 では追加で1,200円です」

ははっ 店員さんもノリがいいことで。

逆に迷惑系のノリを返すなんてさ。



でもなんだか様子が違ったのだ。

その次の人も、さらにその次の人も、
さらに さらに さらに……


老若男女問わずほとんどの人が「スマイル」を注文していたのである。


僕は途中から思わずメニューから目を離し、そのやりとりをまじまじと見てしまった。

どうやらスマイルの単価は600円。

セット割引などはないらしい。

それでも淡々と、みんな代金を上乗せして支払っている。

確かに、注文前に店員さんは笑顔ではなかった。

よくみると、店内にいる人間は例外なく笑顔ではなかった。


まさか。


こいつら全員、本気で笑顔を買ってるのか?


それほどまでにこの世界は、笑顔に飢えているのか?

自分すら笑わせることができないほどに?


僕は恐ろしくなった。


そんなの、感情を殺してしまったのと同義じゃないか。

人間として、そんなの無理だろ……


なんだよ みんな。 誰かに改造されてしまったのか?

宇宙人の侵略にでもあって、全員感情を奪われちゃったのか……?



僕はこの店内の空間に耐えきれなくなり、外へと飛び出した。



な 何年経過してしまっているんだこの地球は……!

こんなことが起こり得るはずがない!




僕は急いでスマホを取り出し、西暦を確認してみた。

そこに映されていたのは


「2031年 2月9日(月) 14:37」


えっ


ピロン


その時スマホに、「スマイル100円引き」のクーポンが届いた。

2/3/2026, 11:03:50 AM

◼️1000年先も
毎日毎日、「それとなく」生きている。

別にブラック企業ってわけじゃない。
残業なんかもないし、人のプライベートには誰一人踏み込んでこない。
むしろホワイトすぎる企業での生活だ。

稼ぎはそこそこ。

生きるのに苦はまったくない。

でも。

だからこそ。

私はどんどん自分の輪郭を失っていく。

ホワイト企業のまっさらな白に、私は染まっていく。

私が、私でなくなる。


その生活に慣れてきて、そしてどんどん
自分の好きなものも、
自分の嫌いなものも。

誰が好きなのかも、
誰が嫌いなのかも。

自分の強みも、
自分の弱さも。

全てが曖昧になっていく。


そうして年齢だけが重なっていって、
数年後には、社会的になにも得られていない、
すっからかんの人間のような形をした容器だけがそこに残る。


怖い。

そうなりたくない。

惨めに生き恥を晒したくない。


……いますぐ。

…… …… 消えてしまいたい。


そんな、消えてなくなることへの希望を、
胸の中、頭の奥、お腹の下に隠していく。


そんなある時、私は気付かされた。

それは、長めの熱いシャワーを浴びた日のことだった。

自分では気づかなかったけど、お風呂場からでたときに突然それはきた。

頭がフラフラして、めまいがひどい。

呼吸もなんだかおかしくて、熱さと気持ち悪さの汗が止まらない。

お腹もなんだか痛い気がする。

濡れた髪も構わずに移動し、横になれる場所を探す。

ああ 気持ち悪い 苦しい もしかしたら、このまま死ぬのかも。


はたからみれば、だたのぼせてしまっただけの人。


それでも確かに、私は死をそこに感じたのだった。

「ああ、そうか。 自分って死ぬんだ」

誰もいない部屋で、私はそんな簡単なことに、ようやく気づいた。



自分の輪郭を失いかけてる日々。

自らの意思で「消えること」へ「希望」を見出す日々。


私はずっと勘違いしていたんだ。

その日々が「1000年先もずっと続く」のだと。

私はようやく
こんなにくだらない出来事で気づくことができた。


だからって何か、劇的に変わるように人生はうまくできていない。

でもひとつだけ。

いまからでもいい。 命に嫌われないように生きてみようかな。

2/3/2026, 2:45:25 AM

◼️勿忘草(わすれなぐさ)
「勿忘草」これで「わすれなぐさ」と読むらしい。

なんとなく知っていた名前だけど、なんとなくその姿はぼんやりとしていた。

気になって調べてみると、とてもかわいらしい青の花を咲かせる小さな花がそこにはいた。

ああ、この子が勿忘草。

いかにもお花で。

いかにも優等生で。

それでいて嫌味がない。

すごい子だ。


花言葉も「誠実な愛」「真実の愛」「私を忘れないで」

ああ、笑ってしまうくらいにはとても清楚だ。

なんだか嫉妬しちゃうな。

こんな小さなお花にも嫉妬してしまう私は、とても心が狭いのだろうな。


ここでふと思い出す。

学校でいつも可憐なあの子のことを。


誰からも慕われて。 高嶺の花のように扱われているあの子。

性格が悪ければ溜飲も下がるというものだけど、あの子、性格までいいんだもんなぁ。

でも私は知っている。

あの子は、
もっとみんなと同じような目線で話して、
もっとみんなと同じような話題で笑って、
もっとみんなと同じように恋がしたかったのだって。

清楚 可憐 純情

外見や所作から勝手にそれらをラベリングされたあの子は、
美しく可愛く そして、ちょっぴり孤立していた。

勿忘草ちゃんも、きっとその可憐さから、
勝手にみんなが意味を見出し、そして、
勝手に私みたいな小さな人間に嫉妬されるたんだろうな。

ごめんね勿忘草ちゃん。

その順序がへんな読み方といっしょに、君のことをずっと覚えておくね。