国語の時間。
「短歌を楽しみましょう。五・七・五・七・七のリズムで…──────」
欠伸を噛み締める。これだから昼飯後の五限は嫌いなんだ。
隣の席は休み…だから、その隣の席の人間が丸見えだ。どうやら彼女は欠伸を隠す気はないらしい。
前の男子はうるさい男子だが、周りに仲が良い人間がいなくてつまらなさそうだ。
まるで私がつまらないと言われているようでかなり良い気はしないが。
後ろの席とその隣の席の男女の仲睦まじい声。小学校が同じだというがその様子はまるでカップルだ。
つくづく腹が立つ。
あ、寝始めた。まああの子は先生のお気に入りだから怒られないはず。一命を取り留めたね。
前の男子も船を漕ぎ始める。前まであんなにうるさかったのに…ええ!ええ!つまらなくてごめんなさいね!
短歌を作るのが楽しみなんじゃない。短歌を作って褒められるのが楽しみなんだ。
先生の話を右から左に流しながら板書する。あ、教卓で見えない。
特別眠気なんてないけれど、徐に目を閉じてみる。
推しと一緒に…なんて、妄想とかイタい真似はするつもりはない。だけど、ある種妄想をしてみるのだ。
もしも、ある女の子と親友ではなく恋人になっていたら?
どうせそれはただの思い違い。動悸なんてないのに。
これは同性愛者への冒涜だ。
これ以上は掘り下げないでおこう。
進学校に入学するにつれて、色んな物を捨ててきた。
同時に、色んなものに気付かされてきた。
自分の愚かさに、嫌でも気付かされた。
そうだ、妄想。この妄想がいちばん多かった。
もしも、全てやり直せるのならば…
まるでどこぞの名探偵だ。精神だけ今の状態のままでやり直してみたい。映画良かったよ。
そしたら、きっと無双ができる。わからないところなてきっとなくて…いいや、今でも算数はどうも苦手だ。
頭の中で音楽が鳴り止む。…つまり残りの授業時間は五分だ。
「…と、いうことです…ええっと、あと5分ですね。中途半端ですが…──────」
ジャスト。残り時間、どう乗り切ろうか。
うっすら目を開ける。寝ていたあの子は未だ起きない。
一方前の男子は体を揺らしぽやっと前方を見つめる。どうやら起きたようだ。むすっと退屈そうに唇を尖らせている。
後ろの男女は静かになった。ほう、年中無休で話しているわけではないのか。まあ、さすがにね。
窓の外を見る。眩しい、青。
青い青い、空。
──────太陽が二度と昇らないような心地がした。
目の焦点が合わない。どこか一点を見つめたくても、そこから目を逸らす。
見たくない見たくない見たくない見たくない…
まるで夜だ。暗闇に突き落とされて、右も左もわからぬ孤独の夜だ。
最愛の梨里が死んだ。
もう、目を開けないのだ。
あの黒曜石のような慈悲深く、時に鋭い目はもう開かない。
あの瞳が嬉しそうに細まることも、そこから涙が溢れることも二度とない。
輪廻転生?ふざけるな。
神など信じちゃいない。だって、神がいたならばそもそも梨里は死んじゃいない。
きっと梨里の方が夜の最中なのだろう。
瞼を開くことが出来ずに、暗闇の中ぽつりといる。
明るい光が見えたと思えば、灰になって欠片もなくなる。
梨里は、最高の生涯をおくることができたのだろうか。
お願い梨里、目を覚まして…
雫が零れる。
零れて、梨里の頬に流れる。
梨里、泣いてるの?
ううん、泣いてるのは、僕。
『この星もいつかは消える。私と同じように。
始まりがあるものはきっと、終わりもあるものよ。
会者定離…会うものは必ず、別れる運命にあるの。
だから、この月だっていつかは消えるの。
どれだけ暗闇に突き落とされたってね…
明けない夜はないのよ。』
…嗚呼、梨里
「──────もうすぐ、夜が明けるよ。」
ふとした瞬間に思うんだ
もし、あの時…
きっかけは自己紹介だった。
あだ名の聞き間違いをしたりとか
嫌いなものの押し付けあいとか
ごめんね、嫌な子から泣かされちゃって、距離を取っちゃったの。
君は何も悪くないのに
ごめんね。
それで、友達が出来て、君にもできて
私、君に言わなきゃいけないことたくさんあるの。
この場で言うべきではないと思うけど、優しい君はリアルで言ったらきっと気にしない態度をとると思うの。
だから、一方的に言わせて。
卵焼き不味いって言ってごめんね。ほんとは美味しかったよ。
ゼリーくれてありがとね。お腹すいてたから助かったよ。
仲良くしてくれてありがとね、これからも…よろしくね。
このくらいかな
ふとした瞬間に思うんだ。
もしも、あの時距離を取らなければ…
親友になれてた、のかな
桜は、出会いを表す。
また同時に、別れを表す。
会者定離とはまさにこのこと。
桜が咲けば、新しく出会う。
桜が散れば、別れに涙する。
私は、桜が咲くこの日に産まれた。
だからきっと、桜が散る日に死んでゆくのだろう。
私は、美しい桜と共に、散っていきたい。
これは僕の追憶。
例えば、僕は朝一人でいたはずなのに、友達といたことになってる。
例えば、よく分からない人から声をかけられて友達なんて言われたことがある。
例えば、ある記憶の一部が抜け落ちてることがある。
例えば、ひどく既視感を感じることがフラッシュバックすることがある。
僕であって僕じゃない記憶。
僕は誰だろう
知らないし、知ってる。
まるで別の人間に移り変ったような気分がして不快だ。
いつしか、自分の名前も忘れそうで怖い。
だから、書いておくんだ。
──────僕の名は…
まただ、いけない。
この光景、どこかで見たことある。
度重なるデジャブにもう卒倒したい。
海馬に支障をきたしてる。
ん?海馬
どこかで、聞いたことある。
…あれ、こんなこと前もあった気がする。
これじゃあ、まるで…
痛い、痛い、痛い…!
頭が…割れる…
「…あれ、」
そう、これじゃあまるで…
「ループしているみたいですね。」
茶髪の髪をストレートに伸ばした女が慈しむようにベットに手を伸ばす。
その横には白衣にメガネといういかにも医者という医者がいる。
彼女が手を伸ばすベッドには脈拍ともに異常なし、おだやかに眠っている男がいる。
「…彼が、本当の自分を思い出すまで…ずうっと…」
慈しむ…否、全てを諦めたような目だった。
「…あれから、20年だね」
「うん。私も随分オバサンになっちゃった。」
「…君は相変わらず綺麗なままだよ」
どうやら医者と女は知り合いのようだ。
「そろそろ病院で隠し通すのも限界が来る…だから…!」
医者が男の首にそっと手を這わせると女はそれを制す。
「…なんで…」
「わかっているの。彼が目覚めないこと…いっそ殺した方が、アナタたちの負担が減ることも」
…でも、とまつ毛を伏せる。
「…諦めてるくせに、諦めたくない…これは私のエゴなの。」
ほろりほろりと流れる涙に、医者は観念したようでため息をつく。
「君が言うなら仕方がない。とっとと起きろよ…」
あれ?なんか、紙に名前が…
「──────海馬」
海馬?
誰?
ああ、頭が痛い。