忘れられない いつまでも。
宮本くんは、私の初めての彼氏だった。
高校2年の夏から、付き合い始めた。
初めてのデートは宮本君の家から近い神社の夏祭り。
一回200円の射的が思いの外、とても上手で可愛いウサギのぬいぐるみをゲットして、私にプレゼントしてくれたっけ。
その後も2人で海に行ったり、一緒に映画を見たり、カラオケで歌ったり、ショッピングモールでお買い物したり。
門限ギリギリまで駅でベンチに座って、イルミネーションを見ながら話したり…。
たった一年の付き合いだったけど、宮本くんはたくさんの思い出をくれた。
私より、3センチほど背が高い宮本くんは、
『俺はまだまだこれから背が伸びるから!』
と笑っていたけど、1年経ってもその差は縮まらなかった。
宮本くんは目が細くて吊り上がっていて、見た目は怖い感じの男子だった。
私の友人たちからはあまり評判は良くなかったけど。
でも、宮本くんが笑った時には、顔がぱぁっと明るくなって、私にはその笑顔がとても魅力的に見えた。
私は宮本くんの笑顔を見るのがとても好きだった。
2人になると特に、宮本くんはとても優しかったんだ。
付き合い始めて半年。
季節は冬になり。空を覆う大きな灰色の雲から、白い雪が降ってきた。
その日は通学前は、チラホラと雪が降っていたけれど、じきに止むと思った私たちは自転車で学校に向かった。
でも雪はやむどころが本格的に降り始め、授業も中止。
1時限目が終わると同時に、全クラス下校することが決まった。
私と宮本くんは、自転車を学校の駐輪場に置いて帰ることにした。
2人でコンビニで買った一本の透明の傘を差して、たわいのない話をしながらバス停に向かって歩いていった。
雪はどんどん降ってきた。
横から吹く風のせいで、傘を差してても身体に雪が張り付いて、黒い制服がみるみるうちに真っ白になっていく。
宮本くんは急に歩みを止めると笑いながら言った。
『シロクマみたいになってるよ』
そう言って、私の制服についた雪を手で軽く払ってくれた。
そして自分についた雪を払うと、ふと顔を上げて私を見つめた。
『髪の毛にも…』そう呟いて、私の髪についた雪を優しく払った後、ちょっと戸惑ったように手を止めてから、ゆっくりと私の頬に触れた。
『こんなに寒い中なのに、お前の頬は柔らかそうだなぁ…』
と、つぶやいた。
その時、宮本くんは手袋をしてなくて、氷のように冷たい手だった。
それでも、私はその指の冷たさを不快に思わず、温めてあげたくなって、その彼の手をとって握りしめた。
『あっ、ごめんごめん。冷たかったよな』
宮本くんは困ったように私の手から逃げると、
『さ、早く帰ろうぜ。風呂に入って温まらないと!』
それだけ言うと、顔を赤くしながら私の肩を抱いて引き寄せた。
本当に寒い、寒い冬の記憶だ。
その雪の日から半年後。
突然の別れがきた。
朝、学校に行ってみると、宮本くんは登校してこなかった。
寝坊でもしたのかと、特に気にしてなかったのだが、1時限目の国語の授業が終わろうとした時、担任の先生が顔色を変えてクラスに入ってきて、国語の女の先生と何やら小声で話した。
国語の先生はみるみる顔色が変わり、片手で口を押さえると大きく目を見開いて、とても信じられない、というような顔をして、クラスのみんなを見渡した。
その異様な雰囲気に、クラス中が静まり返る。
私は、なにかとても嫌な予感がして、緊張の中、ゴクリ、と唾を呑む。
自分の喉が大きく鳴るのが聞こえた。
担任の先生が、こわばった顔したまま、静かに喋り出した。
『今朝、宮本が登校途中、事故にあってー……』
いつまでも続くと思っていた時間が、ある日突然途切れて、永遠に失ってしまうという体験を
18年生きてきて、その時、私は初めて体験したのだった。
一緒にいられたのは、たった一年だったけれど、私の中に宮本君と過ごした沢山の思い出があって。
宮本くんがこの世界のどこにもいなくなった後も、その思い出たちは、いつまでも輝いて私の中に存在してきた。
2人で過ごした時間は嬉しい事も楽しい事も、沢山あったのに、私の中で1番強く、残っている記憶は
何故なんだろう?
あの、大雪の中で、一本の傘をふたりでさして帰った時の。
私の頬に触れた、とても冷たい宮本くんの指の感触なのだ。
あの冷たかった宮本くんの指を、今思い出しても、温めてあげたい、と…
もう叶わない事だけれど、強く強く、思ってしまうのだ。
どれだけ時間が経っても。
忘れない
忘れられない いつまでも。
恋というものは、幾つになっても訪れるものだけれども、それが初めて、というのは本当に特別な時間なんだ。
今年4月に高校に入学し、晴れて高校生活を始めてみると、僕の中学からの友人たちは、ちらほらと新しい恋を始めていた。
彼らの話をよくよく聞いてみると、どうやら異性と恋に落ちた、いうよりも、恋に憧れて自分と一緒に恋を育んでくれる女の子と、とりあえず付き合い始めた、といったところなのか。
入学して1ヶ月経つが、もう数組が別れてしまったようだった。
僕も、女の子に興味がないわけではない。
自分の隣で、自分の話に相槌を打って頷づいたり、笑ったりして、私たちだけの絆、大事にしようね!みたい優しく微笑みをかけてくれる女の子がいたら、それはもうhappyだけしかない毎日になるだろう、という事ぐらいは容易に想像がつく。
でもそれは、
『恋人』
というお互いの暗黙の了解の中の、
『契約』
…みたいなもので得られる
『安心』 というか…
…幸せなわけで。
育てていく恋、というものなんだろう。
初恋は
恋をしようと思ってなかったのに、落ちてしまう恋…。
初めての恋は、きっと誰もがそんな恋なのではないだろうか。
ずうっと昔、まだほんとに小さかった頃。
その女の子を見ただけで、ほかの何もかもが見えなくなる程の衝撃を受けたことがあった。
僕がまだほんとに小さかった頃。
幼稚園入学式。
色鮮やかな桜が咲き乱れ、花びらが風に待っている中、その女の子は門の前に立っていた。
その日は強い風が吹き、風に煽られて桜が大きく揺れていて、満開の桜の花から離れた小さな花びらが、たくさん宙に舞っていた。
女の子は、その大きく風に揺れる満開の桜たちを、口をぽかんと開けながら、でも嬉しそうに見つめていたんだ。
今考えてみれば、大きく揺れる美しい満開の桜と、風に舞う無数の花びら。
そんなシチュエーションの中で佇む同じ年頃の女の子を見たのだから、僕の中に強烈な印象を与えたのだろう。
初恋は叶わないというけれど、実際僕の初恋は、ほんの一瞬で終わった。
何故なら、僕は入学した翌日から、狭い幼稚園の中をキョロキョロしながらその桜の女の子を探した。
けれど、不思議なことにその女の子はどこにもいなくて、2年通った幼稚園だったけれど、その後、一度も会う機会が無かったのだ。
夢でもみていたのだろうか。
桜の妖精だったのかな…
真実はわからないけれど、今考えてみれば、あの瞬間。
あの日が間違いなく、僕の初恋の日なんだ。
明日世界が終わるなら
世界にいる全員が死ぬってことかな。
悪くないんじゃないの、みんなで一緒に死ねるなら
1人で死ぬよりは寂しくないから。
その瞬間を迎える時
世界に生きるたくさんの人々は
何をするのかなぁ。
食べることが好きな人は美味しいものをたくさん食べてる最中かもしれない。
海が好きな人は海を見渡せるお気に入りの岬まで行くのかな。
山が好きな人は山頂まで頑張って登って、最後の風景を焼き付けるとか。
特に行きたいところがない人はどうだろう。
最後は神頼み、神社に行って祈ったりするのかな。
小さな子供がいるお家では、子供を抱きしめるお母さんに
そのお母さんを抱きしめるお父さん…
そんなの想像するだけで可哀想になっちゃう!
恋人たちはソファの上に並んで寄り添ってその瞬間を待つかもしれない。
私だったら…
大好きな人と大きなベッドに横になって
ぼんやりと天井を眺めて
喋ったり、目を瞑ったりしながら
その時を待ってもいいかなぁ。
その手にしっかりと、彼の温かい手を握りしめながら。
外では雨が長く降りしきっている。
窓は曇っていて、外の様子は見えない。
私はベッドの上でうつ伏せになりながら、ため息をついた。
天気が悪い時は、心も自然と曇ってしまう。
ぐったりしながら、昨日の事を思い出していた。
昨日のデートは最悪だった。
付き合って7ヶ月目のデートは、今人気の映画を見たのだ。
はじめは仲良く、楽しい時間を過ごせていたのに、ちょっとした、ほんとにくだらない事で言い争いになり、ふたりとも無言のまま、険悪な雰囲気を残したまま駅で別れて、私は帰途に着いたのだった。
もう一度、小さなため息と共にベットの横の棚に置いてある携帯に目をやる。
LINE音は鳴らない。
昨日帰ってきてから、彼以外のLINE通知を全てオフにしたので、鳴ったらそれは彼からのLINEなのだ。
こちらからはLINEする気にはならないが、向こうからなら、見てやらないこともない。
向こうから謝ってくるなら、許してやらないこともない。
つまんないことで喧嘩したけれど、自分が折れるのはイヤなのだ。
だから、こうして昨日帰ってから、ずっと気にしながら携帯を我が身から離さずに横に置いているのだけれど、彼からのLINE音は一向に鳴らないでいるのだ。
そろそろ送られてくるんじゃないだろうか。
いつもの見慣れた、ミドリの帽子をかぶったグレーの、あまり可愛くないネコが申し訳なさそうに頭を下げてるスタンプが。
時計をみると、午前11時半をすぎたところだ。
いやいや、ありえないでしょ、ここはお詫びと共にランチに誘うところだよ?
今回は割り勘は無しね、
こんなに私を悲しませたんだから。
待ってるんだから、早くLINEしなさいよ。
まだランチに間に合う時間だよ。
もう少ししたら、いつものお店も激混みで入店できないかも。
そんなこと考えながら、ちょうどグゥーと小さく鳴ったお腹をさすりつつ、暇つぶしにテレビでもつけてみる。
何年か前に流行った恋愛ドラマがやっていて、当時人気だったアイドルが、テレビの画面の中で悲しげに目を伏せた。
そして、
『優しくしないで…』
と囁くように呟いた。
いやいや〜!!
優しくしないで、なんてないでしょ!
優しくされようよ、いやというほど甘やかされようよ。
思い切り甘やかされて、女子は育つのよ。
愛が育つのよ。
だから私はLINEを待つわ。
自分から謝るなんて無理無理。
そんな愛はいらないの。
優しくされたいの…
優しくされたいのよぅ
会社では、あっちの人に気を使いこっちの人に気を使い…
恋愛だけは…主役になりたいのよーっ!!
と、その瞬間、LINEが鳴った
まくらを跳ね除けて携帯を掴んでLINEを確認する。
ほらね!!
やっぱりいつもの謝るグレーの猫のスタンプ。
『昨日はちょっと調子に乗ったごめん。腹減ってない?』
それを見た瞬間、私の心はぱぁーっと晴れ渡り、さっきまで暗黒雲はどこへやら。
いきなりの青空がどこまでも広がった。
いつものお店、13時ね!
とだけ返信すると、ベッドから跳ね起き携帯を放り出し、タンスからお気に入りの服を取り出してベッドに置くと、準備のために洗面台に走った。
外の雨はなかなか止まないけれど、心の雨はいとも簡単に止んで、場合によっては大きく晴れ渡るものだ。
優しくしないで、
じゃなくて、
優しくしてね!
でもこれからは私も、少しは彼に優しくできるよう、頑張ってみようかな。
そんな事を考えながら、顔を洗うためにピンク色のターバンで髪を押さえたまま、鏡の前でガッツポーズをとったのだった。