問題用紙を全て埋められなかったこと。
私ね、本当は友達とのテストの点数が近いことが嫌で仕方ないんだ。
でも、それ程の努力もしてないよ。
明日のテスト返しが不安で不安で何もする気力が出ないまま、もう八時。
勉強1分もしてないよ。これができる人と出来ない人の心の差だと思う。
このガラスの容器は、広いようで狭くて、けれどやはり広いような。
あまりよく分からないガラスの容器。
けれど、第三者から見ると、見ただけでは広いと思える。だってそれは、自分が100人分入れる大きな容器だから。
そんなもの見たら、広いと思える。じゃあ、なんでこの地球は狭く感じるのだろう。自分が何億人以上入れるほど広いのに。なんで狭く感じるの?――
定期テストがやっと終わった最終日、私は自転車を押して、家に帰る。
私、思うんだ。広い世界にいたいと思うのに、行く努力なんてしてないなあって。
広いガラスの容器の中にいるのと、その外側にいるのでは、外側にいる人が広い場所にいることになるけれど、私はその外に行く努力をしているのかな?
ていうか、そもそも広い世界ってどのことを言ってるの?面積的に、心的に、見た目的に、色々あると思うのだけれど、私はどの世界のことを言っているのだろうか。
「こんにちは〜」
「こんにちは」
道ですれ違う人に挨拶をした。とても心地よかった。だって、言葉が帰ってきたから。誰かの1番になれない辛さなんてもう無くなっちゃったもん。
道ですれ違う人に挨拶するだけで私は幸せになれる。そんな小さな幸せが大きく感じられるのは、狭い世界にいるから。
だから私は、狭い世界にいるのかな?だから私は、この居心地のいい狭い世界を愛してるのかな?
「俺さ、雪のこと好きなんだ」
私の好きな人が言っていた。
それも私の大っ嫌いな友達のことを好きだと。
なにそれ。みんなみんな私のものをとるじゃないの。
頭いいんだからちょうだいよ。
性格いいんだからちょうだいよ。
運動神経いいんだからちょうだいよ。
信頼があるんだからちょうだいよ。
なんでくれないの?失恋とかキモすぎるだろ。
私、2日後の初の定期テスト。すっごく不安なんだよ?帰宅部で勉強の期待が重ねられる私の気持ちわかるの?
バカにしないでよ。1位なんて取れないこと。私でもそうだと思ってるよ。でも、最近になって自信がついてきた。そんな私に言っていい言葉なの?おかしいよ。頭おかしいよ?いじめっ子より頭いってると思うんだけど。
早く定期テストがしたい。でもしたくない。ここでいい点をとったら180度世界かま変わる様な気がした。
空を見ると、曇り空でした。
よく思うことをお題に沿って言う。情報交換の時だけ正直なことを言えば良くない?
別に自分のことで話すことなんて無いし、聞くこともないよ。
友達と話すのだって、情報交換だけだもの。
あの鯉かわいい。
アイス食べたい。
これ初めて食べたなあ。
美味しい?
美味しいよ。
そっか。
うん。
次どこ行く?
薔薇園行こう。
そうだね。
綺麗だなあ。
写真撮るね。
私も撮るよ。
綺麗だね。
うん。そういえば前にネモフィラ見に行ったんだよ。
へえ。写真見せてよ。
うん。いいよ。どうぞ。
ありがとう。
これが情報交換だよ。
でも、なんだか普通の会話だね。
楽しい会話もただの情報交換だ。
嘘をついた時は、相手が察さないのが悪い。うんそうだね。悪い悪い。嘘つきでも悪くないよ。
悪くない。
悪くない。
お題【梅雨】 フィクション
ぽちゃりと音を立てて水溜まりに雨水が落ちた気がした。
病室のベット、私はひとりで小説を読んでいたけれど、なんだか飽きてきて、窓の外を見た。
ザーザーと雨が降っている。せっかくセットした前髪も潰れている。梅雨なんていいことないよ――
「中村さーん!ねえこっち来て遊ぼうよ!」
私を呼んだのは、同じ病院で入院中のヤツ。北川春奈だ。私は正直言って大嫌い。早く病状が悪化して死んじゃえばいいのに。
「…いやだ」
「は?なんでよ。せっかく遊んであげようと思ったのになあ」
笑いながら私に言うけれど、私にはその笑みでさえ鬱陶しいのだ。道路にできた水たまりのように、轢き殺されちゃえばいい。
「…分かったよ」
早くお話を終わらせた。そのひとつの思いだけで、私はベットから降りて、春菜の方へ歩いた。
ガッシャン。
「は?」
私が大切にしていた金魚の、凛。凛とした顔にぴったりな名前だろう?その凛の入った水槽を落とされたのだ。春奈のヤツに!
「あはははっ!なによ。金魚が息絶えただけじゃない。観賞用の魚なんてただの絵よ!」
絵?確かに、見ていて落ち着くし、私まで可愛くなれた気がする。でも、エラで呼吸をしている。人間と同じように生きている。お友達なのだ。たった一人のお友達。
「っざけんじゃねえよ!」
私は春菜の頬を叩いた。死ね!死ね!お前なんてお前なんて!
私は、凛のおうちの割れた欠片を手に強く持った。てから血液が出てきている。これを春菜の目に刺せば!死ね!死ね!
「雪!」――
私は駆けつけた看護師さんに捉えられて、ベットに戻った。
「なんであんなこと――」
「あんなことって何?あいつが行けないんだよ。あいつが!」
看護師さんの言葉を遮った。何も知らないくせに。あんなことって何?わたしの友達を殺したんだから、死刑だろ?死刑!死刑!
「落ち着いて。私は二人の間に何があったか知らないけど、やりすぎだよ。私が来なくちゃ、春菜の目にガラス。刺してたでしょ?」
「知らないなら言うなよ。いい人ぶってる大人なんて大っ嫌い。お前もあいつと同じじゃん」
「そう?」
看護師さんは、わたしの頬を叩いた。痛い。痛い!
「は?何してんの!」
「自分だけが辛いわけじゃない。自分だけが悲しい思いをしているんじゃない。この世界は自分中心に回ってない。お前はブスだ!お前はデブだ!お前は心が狭い!お前は優しくない!お前は――」
「キャー!やめて!やめて!」
なんなの?こんなの看護師さんじゃない。こんなの!こんなの。
「…かれこれ5年はここに居座ってるけど。まだ気づかない?ここは現実じゃない。裏の世界だよ」
う、ら?わかんない。わかんないよ。ここまで言われても思い出せない。ここはどこ?ていうかなに、裏の世界って。
「ここは西瓜。雨は西瓜の汁。私は種」
西瓜?なにそれ。やば。なんだ、笑いを摂るために言ってたんだね。あはは!やばい。
「西瓜?あははっ!看護師さんおもしろーい」
「…まだ気づかないんだね。貴方は好きだった人に振られた女の子。そして自殺した。その軽い命を背負った人間は軽い命を背負った人が食べる西瓜のゴミでしかない」
「…白雪 彩葉」
「ふふ、そうだよ。君の前の名前だね」
やだ。うそ。なんで!私は、私は!そんなわけない!自殺なんて!
「っ人間じゃないくせに!簡単に死を選んだ私をバカにしてたの?!人間じゃないくせに!人間じゃないくせに!」
人間じゃないくせにと、看護師さんの喉に穴を開けるように何度も何度も言う。
「そうだよ。私は人間じゃない。お前みたいな愚かな人間じゃない」
「何それ。あの時の私は死にたいほど辛かった!なのに、なのに!」
「…私は、彩葉の心だよ。黒く染った、スイカの種のような心だよ」
…あ、あ、やめて。なにがなんななのか分からない。どういうこと?やだ。早く出して!私をここから出して!
「さっき言ったことは彩葉が自分に食べさせようとした言葉。…ごめんね。私がスイカの種じゃなかったら、彩葉が飲み込んで、その言葉の反対の意味を受け取ってたのに。ごめんね、ごめんね、私が種でごめんなさい」
なに、やだ、どういうことなの?あれ、看護師さんの顔が分からない。顔は見えているのにどういう顔なのか心にキザめない。
「次に行っても雨を嫌いにならないで。西瓜を、種を、人間を、看護師さんを、お友達を、嫌いにならないで」