12歳の叫び

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お題【梅雨】 フィクション

ぽちゃりと音を立てて水溜まりに雨水が落ちた気がした。
病室のベット、私はひとりで小説を読んでいたけれど、なんだか飽きてきて、窓の外を見た。
ザーザーと雨が降っている。せっかくセットした前髪も潰れている。梅雨なんていいことないよ――
「中村さーん!ねえこっち来て遊ぼうよ!」
私を呼んだのは、同じ病院で入院中のヤツ。北川春奈だ。私は正直言って大嫌い。早く病状が悪化して死んじゃえばいいのに。
「…いやだ」
「は?なんでよ。せっかく遊んであげようと思ったのになあ」
笑いながら私に言うけれど、私にはその笑みでさえ鬱陶しいのだ。道路にできた水たまりのように、轢き殺されちゃえばいい。
「…分かったよ」
早くお話を終わらせた。そのひとつの思いだけで、私はベットから降りて、春菜の方へ歩いた。
ガッシャン。
「は?」
私が大切にしていた金魚の、凛。凛とした顔にぴったりな名前だろう?その凛の入った水槽を落とされたのだ。春奈のヤツに!
「あはははっ!なによ。金魚が息絶えただけじゃない。観賞用の魚なんてただの絵よ!」
絵?確かに、見ていて落ち着くし、私まで可愛くなれた気がする。でも、エラで呼吸をしている。人間と同じように生きている。お友達なのだ。たった一人のお友達。
「っざけんじゃねえよ!」
私は春菜の頬を叩いた。死ね!死ね!お前なんてお前なんて!
私は、凛のおうちの割れた欠片を手に強く持った。てから血液が出てきている。これを春菜の目に刺せば!死ね!死ね!
「雪!」――
私は駆けつけた看護師さんに捉えられて、ベットに戻った。
「なんであんなこと――」
「あんなことって何?あいつが行けないんだよ。あいつが!」
看護師さんの言葉を遮った。何も知らないくせに。あんなことって何?わたしの友達を殺したんだから、死刑だろ?死刑!死刑!
「落ち着いて。私は二人の間に何があったか知らないけど、やりすぎだよ。私が来なくちゃ、春菜の目にガラス。刺してたでしょ?」
「知らないなら言うなよ。いい人ぶってる大人なんて大っ嫌い。お前もあいつと同じじゃん」
「そう?」
看護師さんは、わたしの頬を叩いた。痛い。痛い!
「は?何してんの!」
「自分だけが辛いわけじゃない。自分だけが悲しい思いをしているんじゃない。この世界は自分中心に回ってない。お前はブスだ!お前はデブだ!お前は心が狭い!お前は優しくない!お前は――」
「キャー!やめて!やめて!」
なんなの?こんなの看護師さんじゃない。こんなの!こんなの。
「…かれこれ5年はここに居座ってるけど。まだ気づかない?ここは現実じゃない。裏の世界だよ」
う、ら?わかんない。わかんないよ。ここまで言われても思い出せない。ここはどこ?ていうかなに、裏の世界って。
「ここは西瓜。雨は西瓜の汁。私は種」
西瓜?なにそれ。やば。なんだ、笑いを摂るために言ってたんだね。あはは!やばい。
「西瓜?あははっ!看護師さんおもしろーい」
「…まだ気づかないんだね。貴方は好きだった人に振られた女の子。そして自殺した。その軽い命を背負った人間は軽い命を背負った人が食べる西瓜のゴミでしかない」
「…白雪 彩葉」
「ふふ、そうだよ。君の前の名前だね」
やだ。うそ。なんで!私は、私は!そんなわけない!自殺なんて!
「っ人間じゃないくせに!簡単に死を選んだ私をバカにしてたの?!人間じゃないくせに!人間じゃないくせに!」
人間じゃないくせにと、看護師さんの喉に穴を開けるように何度も何度も言う。
「そうだよ。私は人間じゃない。お前みたいな愚かな人間じゃない」
「何それ。あの時の私は死にたいほど辛かった!なのに、なのに!」
「…私は、彩葉の心だよ。黒く染った、スイカの種のような心だよ」
…あ、あ、やめて。なにがなんななのか分からない。どういうこと?やだ。早く出して!私をここから出して!
「さっき言ったことは彩葉が自分に食べさせようとした言葉。…ごめんね。私がスイカの種じゃなかったら、彩葉が飲み込んで、その言葉の反対の意味を受け取ってたのに。ごめんね、ごめんね、私が種でごめんなさい」
なに、やだ、どういうことなの?あれ、看護師さんの顔が分からない。顔は見えているのにどういう顔なのか心にキザめない。
「次に行っても雨を嫌いにならないで。西瓜を、種を、人間を、看護師さんを、お友達を、嫌いにならないで」

6/1/2024, 11:11:42 AM