ひとひらの花びらが宙を舞った。
花びらは風に乗り、僕の頬にくっついた。
柔らかい暖かみを僕は感じた。
あの時見た風景を未だ忘れられずにいる。
歳をとる度に、その景色のモヤは強くなる。
でも、それと同時に忘れてはならないという使命感もより一層強くなる。
これが一体何を意味しているのかはよく分からないが、何かしら僕にとっての重要な出来事だったのだろう。
君と僕は何が違うんだろうか。才能か、環境か、それとも努力の量か。まあ、恐らくその全てだろうけど、何となく考えてしまうんだ、仮に君の才能と環境が僕にあれば、僕だって君ぐらいの努力は簡単に出来るってね。なんの意味もないたらればだけど、それでもそのもしもの可能性だけが今の僕を癒してくれる。だって、僕だって頑張ったんだ。僕は生まれた時から体全体に鉛の重りがのしかかっているのに、それでも前に進もうとしてきた。
君は荒野を歩いてるようで、進む道は全て気づかずに舗装されている。そんな状態で前に進んだ距離を努力の量と断決するのはおかしいだろう。全くもっておかしい。
まあでも、君が頑張っていないと言ってる訳では毛頭ないし、僕だって常に最善を尽くしてきたかと言われれば自信はない。だから、この結果を甘んじて受け入れるしか無かったんだ。
やっとだ。本当に長かった。ついに僕は大学生になれるんだ。いや、本当に信じられないな。だって、あんな毎日勉強しかしてこなかった日々はもう来なくて、明日からは人生の夏休みとまで言われてる大学生活が始まるんだ。
もう数えられないほどに妄想したよ。サークルに入って、彼女を作る。彼女と県外の旅行に出る。友達と日本一周なんてのも考えていた。寝る前の妄想だけが唯一の楽しみだったぐらいだ。
そして、その夢の世界が到来するんだ。本当にやり切ってよかった。途中で諦めなくて良かった。あぁ、楽しみだ。
小学生の頃、よく遊んだ近所の同級生が居た。彼はハンサムで、運動神経が良く、その上優しかった。お世辞にも僕はかっこいい顔でなかったし、運動神経もそこまで良くなかったため、彼と肩を並べて歩いてるのがいつもどこか恥ずかしかった。もしかしたら、彼と比べられてバカにされているかもしれないという気がしてならなかった。しかし、それでも僕は彼と遊ぶのが好きだったし、1週間のうち遊ばない日の方が少いくらいだった。外で遊ぶ時には大体キャッチボールをして、そうでない時は僕か彼の家で任天堂willで遊んでいた。
ある日、いつもと同じようにキャッチボールをしていると、手が滑り、僕のボールが彼の頭上高くを通り抜けてしまった。ボールはそのまま草薮の中に入っていき、見えなくなった。
「ごめん、滑っちまった」と僕は大きめの声で謝った。
「大丈夫」と彼は言うと、草薮の中に臆せず入っていった。灌木や雑草は彼の腰の辺りまで伸びきっていて、彼が歩みを進める度にメシメシという音が鳴り響いた。
僕は彼の傍により「危ないよ、蜂に刺されちまう」と言った。
「4月に飛んでいる蜂は冬眠明けの弱った女王蜂が多いんだ。大丈夫だよ」と彼は静かに言った。
「でも、クモとかヘビとかいるかもしれないよ?」と僕は不安げに言った。
「ここら辺にいるハエトリグモや女郎蜘蛛が活発なのは秋だし、ヘビはそもそもアオダイショウぐらいしかいないよ」と彼は言った。
どんどん深い所まで行く彼を僕は草むらの外から眺めていた。僕はどうしても虫が好きにはなれず、もしも虫が服についたらと思うと、一歩が踏み出せなかった。
「もう大丈夫。ボールは僕の家にまだあるし、取ってくるよ」と彼の背中に声をかけた。
「いや、なんか見つかりそうな気がする。一瞬チラッと白いのが見えたんだ。絶対にそれだよ」
「ここら辺は色々なボールが転がってるから、野球ボールとは限らないよ。とにかく、もういいから一旦家に戻ろ」
「分かった、分かった。戻るよ」と彼は少し不機嫌な様子で草むらを引き返した。
1度踏み潰した後の雑草はけもの道のように彼だけの道を作っていた。
彼が草むらを抜けようとした時、足の先に何かが当たった。探していた野球ボールだった。
「見つけた。これだよ」と彼は興奮してそう言った。
「凄い。まさかそんな手前にあるなんて思わなかった」
と僕は言った。
「あそこで中断しておいて良かったよ。もし、あのまま続けていたら一生見つけられなかったな」
「そうかも」と僕は微笑んでそう言った。
そんな毎日を過ごしていた彼も今では僕と同じ立派な社会人だ。結局、彼とは中学校が離れてしまって、それっきりあっていない。そのため、同級生なのにこう言うのもおかしいことだが、僕の記憶の中では彼はずっと小さい子供のままだ。彼がスーツを着て、電車に揺られるところなんてのは上手く想像出来ない。ただ、既に述べた通り彼は僕とは違い器用で如才のないやつだったから、きっと上手くやっているんだろう。元気にしているといいな。