小学生の頃、よく遊んだ近所の同級生が居た。彼はハンサムで、運動神経が良く、その上優しかった。お世辞にも僕はかっこいい顔でなかったし、運動神経もそこまで良くなかったため、彼と肩を並べて歩いてるのがいつもどこか恥ずかしかった。もしかしたら、彼と比べられてバカにされているかもしれないという気がしてならなかった。しかし、それでも僕は彼と遊ぶのが好きだったし、1週間のうち遊ばない日の方が少いくらいだった。外で遊ぶ時には大体キャッチボールをして、そうでない時は僕か彼の家で任天堂willで遊んでいた。
ある日、いつもと同じようにキャッチボールをしていると、手が滑り、僕のボールが彼の頭上高くを通り抜けてしまった。ボールはそのまま草薮の中に入っていき、見えなくなった。
「ごめん、滑っちまった」と僕は大きめの声で謝った。
「大丈夫」と彼は言うと、草薮の中に臆せず入っていった。灌木や雑草は彼の腰の辺りまで伸びきっていて、彼が歩みを進める度にメシメシという音が鳴り響いた。
僕は彼の傍により「危ないよ、蜂に刺されちまう」と言った。
「4月に飛んでいる蜂は冬眠明けの弱った女王蜂が多いんだ。大丈夫だよ」と彼は静かに言った。
「でも、クモとかヘビとかいるかもしれないよ?」と僕は不安げに言った。
「ここら辺にいるハエトリグモや女郎蜘蛛が活発なのは秋だし、ヘビはそもそもアオダイショウぐらいしかいないよ」と彼は言った。
どんどん深い所まで行く彼を僕は草むらの外から眺めていた。僕はどうしても虫が好きにはなれず、もしも虫が服についたらと思うと、一歩が踏み出せなかった。
「もう大丈夫。ボールは僕の家にまだあるし、取ってくるよ」と彼の背中に声をかけた。
「いや、なんか見つかりそうな気がする。一瞬チラッと白いのが見えたんだ。絶対にそれだよ」
「ここら辺は色々なボールが転がってるから、野球ボールとは限らないよ。とにかく、もういいから一旦家に戻ろ」
「分かった、分かった。戻るよ」と彼は少し不機嫌な様子で草むらを引き返した。
1度踏み潰した後の雑草はけもの道のように彼だけの道を作っていた。
彼が草むらを抜けようとした時、足の先に何かが当たった。探していた野球ボールだった。
「見つけた。これだよ」と彼は興奮してそう言った。
「凄い。まさかそんな手前にあるなんて思わなかった」
と僕は言った。
「あそこで中断しておいて良かったよ。もし、あのまま続けていたら一生見つけられなかったな」
「そうかも」と僕は微笑んでそう言った。
そんな毎日を過ごしていた彼も今では僕と同じ立派な社会人だ。結局、彼とは中学校が離れてしまって、それっきりあっていない。そのため、同級生なのにこう言うのもおかしいことだが、僕の記憶の中では彼はずっと小さい子供のままだ。彼がスーツを着て、電車に揺られるところなんてのは上手く想像出来ない。ただ、既に述べた通り彼は僕とは違い器用で如才のないやつだったから、きっと上手くやっているんだろう。元気にしているといいな。
4/9/2025, 4:02:00 PM