「こう肩を並べてピクニックなんてしてると、何だか昔絵本で読んだ仲のいい恐竜の話を思い出すよ。凄くあたたかい話でとにかくイラストが可愛かった」
「私も昔読んだアザラシの絵本を思い浮かべていたわ。アザラシの夫婦が氷の上で肩を並べて壮大な海を眺めているの。話しの内容は詳しく覚えていないけど、とにかく凄く心温まるお話だったわ」
「2人とも絵本を投影してるとは驚きだね。やっぱり小さい頃の記憶っていうのは大事なんだろうね。あの温かさはあの年齢のあの環境だけでしか味わえないものだよ」
「本当にそう思うわ。私たちにも子供が出来たら、沢山読み聞かせしないといけないわね」
「そう考えたら興奮してきたな。何にしようか、やっぱりはらぺこあおむしは抑えておきたいね」
「そうね。でもやっぱり心が温まるようなお話が良いわね。今の私たちのような懐かしさを、将来思い返して浸れるような暖かいお話」
バードウォッチャーにとって春という季節は最高だ。花鳥風月という言葉があるように、花と鳥の相性は最高で、特に桜の蜜を吸っている場面なんてのは本当に美しい。今日撮影したヒヨドリが桜の蜜を吸っている写真なんかは今後半年間は壁紙にするだろう。ソメイヨシノやエドヒガンなどの花が先に出る桜は鳥が映えやすいし、ヤマザクラやオオシマザクラなどの新葉が同時に出る種類のさくらは全体の色調が整う。弁当箱に緑色の物を端に入れるみたいにね。
「新しく出来た駅前のカフェ、あそこはいいよ。店員の接客がとにかく丁寧で、内装もこざっぱりとしてる。木製のテーブルとダイニングチェアに、木目調のインテリア、観葉植物なんかも置いてあって、まさにナチュラルテイストの内装だった。ドリンクも最高で、あそこまで美味しいアッサムティーは飲んだことが無いよ。いや、本当に良い場所だった」
「聞いてるだけでも凄く素敵な場所だって分かったわ。内装も私好みだし、ちょうど美味しい茶を飲みたいとも思っていたの。是非行ってみたいわ」
「それは良かった。それで、ちょうど前回行った際に、オープン記念でペア限定の割引券を貰ったんだ。それでもし、嫌じゃなかったら、僕と一緒に行ってみないか?」
「それは何とも魅力的な提案だわ。喜んでご一緒させていただきますわ」
空に向かって大きな声で叫んだ。僕の内側にある弱い部分を茫漠とした自然に返したいと強く思ったからだ。でも、そんなことをしたって、僕の弱さは消えないし、空はちっともこちらを慮ってはくれない。電柱の上に止まっているカラスやムクドリに白い目を向けられるくらいだ。自然の悩みを分かち合えたらと思うけど、生憎と自然は僕1人なんかは相手にしないし、そもそも人間という瑣末な生き物を相手にすることさえ無いだろう。僕らは彼らにとってはあまりにも小さいし、儀礼的な恩恵を賜ろうとするには文明が発達しすぎている。この21世紀においては、我々は自分の力だけでどうにか乗り越えるしかないんだ。
「はじめまして、私の名前は田中隼人です。好きなことはサッカーで、嫌いなことは勉強です。好きな歌手?は普段あんまり音楽を聞かないので分かりませんが、yoasobiとかは好きだと思います。1年間よろしくお願いします」
「はじめまして、田邊美香です。好きなことはライブに行くことで、良くあいみょんのライブに行ってます。嫌いなことは運動です。好きな歌手はもちろんあいみょんです!よろしくお願いします!」
順々にクラスメイトの自己紹介が行われているが、とても冗長で退屈だ。そもそも僕はこのクラスで人と仲良くするつもりは無いし、学校に通うかすらも決めかねている。残念だが、クラスメイトの名前を覚えるくらいなら、カラマーゾフの兄弟の相関図を覚えたい。おっと、そろそろ僕の番だ。
「どうも、真鍋学だ。好きなことは本を読むことで、嫌いなことは人と話すことだ。音楽はドヴォルザーク、ブラームスかな。仲良くする気はないので、僕のことは居ないものとして扱ってくれ」
久しぶりに読んだ本がここまで粗末だと、やはり本の選別には一定の時間と労力を注ぎ込むべきだと分かる。僕は別にジャンルによって好き嫌いがある訳でもないし、そこに優劣をつけるつもりも毛頭ない。ただ、1つの作品としての造りや調子を見ているに過ぎないんだ。こういう、青年期特有の自意識の強さだったり、さもしい自己顕示欲はある意味では健全だし、それ自体はむしろ作品に深みを与える。しかし、やはり大事なのはそれをどう表すかであり、どう伝えるかなのだ。もっと奥ゆかしさがある、侘しい雰囲気ややり取りがあれば、全体としてはもっといいテンポになるはずだ。
まあしかし、こう批判しているだけでは説得力というものが無いな。例えば僕ならこう書く
「はじめまして……」