之助は門を叩いて泣き叫んだ。
「火が家のすぐ側まで来ちまっている。もうおしまいだ、みんな死んじまうんだ」
すると、どすどすと家の中から足音が聞こえ、女将が顔を出した。
「夜遅くにうるさいですね、火なんてどこにもないでしょう。構ってもらいたいのなら、明日の昼頃にいらして下さい」
そう口早に言うと、ドアをぴしゃりと閉めた。
之助にとって、最後の頼みの綱が切り落とされた瞬間だった。火はもう真後ろでめらめらと燃えている。
嗚呼、俺はもうじき逝くだろう。なんてたって、誰も俺を信じてくれないんだ。女将ならと思ったが、結局あいつも俺の事を嘘つきだと思っていやがる。仰いで天に愧じずの素行に、誰も彼もが変な言い草をつけるんだ。俺はいつだって、自分が正しいと思うことをしていただけなのによ。ああ、背中が熱いな、くそ。結局、何もねえ人生だったな。何かある人生に一体何があるのかすら分からねえ程によ。嗚呼、神さま仏さま、来世があるとするなら、私は鳥に生まれとうございます。きっと空はもっと涼しいに違いない。
私には誰にも教えていない秘密の場所がある。それは、私の要塞であり、王国なのである。もちろん、そこには堅牢な城壁があり、高い鉄の門もある。門の横には詰所があり、そこにはスキーマが退屈そうに見張っている。建物はなく、巨大な学校のグラウンドのように城壁まで水平に見渡すことが出来る。
私は何か辛いことがあったらそこに逃げ込むようにしている。その門の前に行き、スキーマに取り合って、私の不変な部分と蠢いている部分を分けてもらう。それが終われば、軽い体で門をくぐり、あとはその時が来るまでグラウンドに寝そべる。色々な雲の形や色を観察したり、夜には星を見たりして過ごす。そのうち、スキーマから「その時」が知らされる。その報告が来たら、その場所を離れて、元の所へ帰るって次第さ。
どのようにしてそこに辿り着いたかは分からないけど、とにかくそこを見つけてからは私は希望を持てるようになった。きっと大丈夫だ、大丈夫じゃなくても私には誰も知らない秘密の場所があるってね。
目が覚めると、そこには20cm程の妖精のような生き物が僕を囲うようにして立っていた。
「ラララあなたは丸いのよ」
「ラララ世界はいくつも交差してるのよ」
「ラララ紙と神は紙一重」
目の前の誰がそれを発しているのかは分からなかった。全員が同じように、口をパクパクさせ、笑っていた。
「ラララ鼠と狐の嫁入りだ」
「ラララ朝の次には何が来る?」
「ラララ光あれば影がある」
その大勢のうちの誰かが言っているようにも聞こえたし、全員が言ってるような気もした。もしかしたら、それは目の前の妖精から発された言葉では無いのかもしれない。
とにかく、状況が読めない。なぜ、こんなところに居るのかも、目の前の生き物が何で何を伝えようとしているのかも全くもって分からない。
「ラララ地下に落ちたら原罪を償え」
「ラララ出口のない洞窟は何だ?」
「ラララ全ては繋がり、途絶えてる」
僕は焦りと恐怖から、一心不乱に前に走り出した。目の前にいる妖精に構うことなく、しっかりと踏み込み力強く走った。
心臓が痛むまで全力で走り続けると、先程の声は消え、白い霧のようなものに包まれた。
一安心し、僕はそこで仰向けになり、息を整えた。とりあえず、あそこから逃げ出したのは正解だった。あそこは人が居て良い場所では無い気がした。
体感時間で10分ほどそこで休み、立ち上がって歩き出そうとすると、またあの声が聞こえてきた。
「ラララ2度言えば1度と同じ」
「ラララ君は丸いし、ここも丸い」
「ラララ真理は間違えを犯さない」
気づけば、僕は先程の妖精の群れに囲まれていた。
「春風が心地良いね。冬の寒さが嘘のような暖かさだ」
「そうね、こんなに暖かくなるならもっと薄手で来るべきだったわ」
「そうかもしれないな」
「何だか、暖かくて、風も心地いいと凄く平和な感じがするわね。安穏な日常って言うのかしら、凄く心がポカポカするわ」
「確かに、僕たちが求めていたのはこういうものだったのかもしれないな。平和って言うのはやはりいいものだよ。この穏やかな春風は一体僕たちに何を運んでくれるんだろうね」
はくしょんと彼女が咳をした。
「きっと花粉よ」
「間違いない」
乳白色の風船のような疑問が頭から離れない。それは、自身の力でどんどん上がろうとするが、頭骨がそれを阻止する。そんなおさまりの悪い気分が常にある。